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シン・アスカ論

シン・エヴァンゲリオン新劇場版:||が公開され、その中でも主役級の活躍を見せた式波・アスカ・ラングレー。
元々高い人気を誇るアスカが今作で見せた、一見しただけでは分かりづらい内面の優しさや心情を行動分析と発言から深掘りし、解説します。

「チッ…根性なしが」

アスカはL結界の外に向かう途中、へたり込んでいるシンジの頬をつねります。
ぞんざいに扱っているようですが、わざわざ触る(一次的接触をする)必要性のない状況での接触はアスカからシンジへの心理的抵抗感のなさを表現していると思います。

うつ状態の人やその手前――活力が枯渇して近寄りがたい雰囲気を出している人――に何気なく触るというのは意外と難しいものです。
「こっちの気分まで下がりそう」といった精神的要因もありますし、「やつ当たりで攻撃してきそうだから触りたくない」といった物理的要因もあるでしょう。
「真正面から対応したらそれに味をしめてことあるごとに同じことをしてくるかもしれないから、ここはあえて無視するのが最善」といった行動分析的な理由から触らない選択もあるでしょう。

そんな“接触しない理由”を一切考慮せず、しかし“汚いものを触るように”でもなく“嫌々”でもなく何気なくシンジに触るアスカの態度からはシンジへの優しさが感じられます。
同じ一次的接触は前作『ヱヴァンゲリヲン劇場版:Q』のラストシーンでも描かれていますが、冒頭の接触はその繰り返しであり、強調になっています。

「私の裸よ。ちっとは赤面して感激したらどうなの?」

一次的接触だけでなく隠す素振りも見せない態度からも、シンジへの心理的抵抗のなさが伺われます。
アスカの、世俗にとらわれない非社会性を象徴しているともとれますが、それでも14年前までは人間として社会生活を営んでいたわけですから、それを差し引いてもシンジ(とケンスケ)に対しては心を開いていると言えるでしょう。

「DSSチョーカーにだけ反応ありか」

DSSチョーカーへの嫌悪感から嘔吐するシンジに対して、アスカは無視することもできたはずです。
そうしなかったのは、シンジに対して注意を向けていることをシンジに示し、それを嫌悪も忌避もしていないことを示す効果に一役買っています。

現実でメンタル疾患になり症状が出現すると、周囲からは無視されることが多いものです。
電車内でパニック発作を起こしても全員総出で助けてはくれませんし、うつの人の家族もいちいち声をかけたり励ましたりすることは次第にしなくなり、自然と無視するようになっていきます。

 シンジ本人ですら「汚い」「近寄りたくない」と感じているであろう嘔吐に対して無視せず反応を示すアスカ、そして吐しゃ物を片づけるケンスケの対応は、弱っているシンジに「受け入れられている」と感じてもらい、その後回復していくための重要な一工程であると考えられます。

「そんなのいつものことじゃない」

苦しみやつらさに打ちひしがれているときは、今、ここでの苦痛しか見えなくなっています。
そんなときに「ほら、昔こんないいことがあったでしょ」と言われても今の苦痛には何の役にも立ちませんし、「きっとこの先いいことがあるって」と言われてもそれで気持ちが前向きにもなれません。

逆に言えば、私たちが精神的に健康かそうでないかを判別したいなら、「過去こんなこともあった」や「この先こんなことがあるかも」といった過去や未来に目を向けられるかどうかが一つの指標になることがあります。

このときのシンジは、カヲルの死を目撃したあの瞬間から時間が止まっているようなものです。
数日前のことが過去のこととは思えず、ずっとあの瞬間が続いてしまっているのです。

精神生理学的には、シンジはトラウマとなるようなストレスを経験し、自律神経系が凍りつきというシャットダウン状態になっています。
凍り付きが起きると心拍・呼吸・嚥下・体温調節などの生命維持機能が止まるので、このときのシンジのように嘔吐してしまったり動悸や流涙が止まらなくなったりします。

そんな状態のシンジにアスカは「いつものこと」と、カヲルとの交流以前のことを示唆し、「前にもこんなことはあったが立ち直った」という事実に思い至れるよう、さりげなく話題を出しているようにも見えます。
何より、「昔はこんないいことあったじゃない」と直接的に励ましてかえって拒絶を強めてしまわないような言葉選びに、アスカの優しさを感じます。

「そうやって心を閉じて誰も見ない。こいつの常とう手段でしょ」

外界からの刺激をシャットアウトしているかどうか、視界には入れているけれど本当の意味で「見て」いないかどうかというのは、他人からは分からないものです。
裏返し、アスカがシンジに対してこのように言えるのは、一度シンジの立場に立ち、その身になって考えてみること――共感をしていることに他なりません。

物理的に人に暴言を吐いたり暴力を振るったりするとき、人は共感する能力を一時的に停止しています。
そうしないと、相手を傷つけると同時に自分も傷ついてしまい、消耗してしまうからです。
また、自分と全く異なる属性のもの――人間から見た魚、子どもから見た老人など――にも同様に共感能力は働きません。

こうやって見ていくと、アスカはただシンジを非難しているのではなく、一旦はシンジに共感し、その立場から何を考え、どう感じているかを言い当てた上で非難していることが分かります。
アスカがシンジに対して類似性を認識していることが分かり、その上で非難の言葉をぶつけてきているので、アスカの言葉はシンジにはこたえるのです。

シンエヴァを観てアスカの言葉にグサッと来たりあたかも自分が言われているように感じたりする人が多いのも、このような共感を土台にした言葉ゆえに心に来るものがあるからでしょう。

「どうせ生きたくもないけど死にたくもないってだけなんだから」

共感からの非難をするとき、アスカは「どうせ」という単語をよく使います。
「どうせ」と言ったときには一旦シンジの身になり、その思いや考えをうまく言語化できないシンジの代弁をすることで、(口は悪いかもしれませんが)シンジが自分の思いや考えを明確に自覚することに一役買っています。

「こうしてメシを食わせてもらうだけでありがたく思え!」

医行為の中には生体を傷つけたり切除したり(手術)、薬剤を投与したりするものがあります。
これらは侵襲行為と呼ばれ、医行為かそうでないかの境目はこの侵襲行為が含まれるかどうかにあるとされています。

アスカがシンジの口にレーションを押し込む行為は、まさしく侵襲行為に当たります。
アスカはほぼ間違いなく医師ではないでしょうから現実の法令に照らせば違法行為ということになるでしょうが、医行為同様、そうしなければ生命の危険があるシンジへの「何とか回復させたい、死なせたくない」という思いから出た行動であることは明らかでしょう。

もちろん、ウジウジメソメソしているシンジへのいらだちが募り、その発露としての暴力であるという側面もあるでしょう。
しかし、それだけならただ殴るなり蹴るなり完全無視を決め込むなり、ダメージを与える方法はいくらでもあったはずです。
にもかかわらず緊急措置としての侵襲行為を選択するアスカの判断に、慈しみの気持ちを感じます

「どうせ暇ならあのときなんで私があなたを殴りたかったのかぐらい考えてみろ!」

うつのときには脳内の各種神経伝達物質のバランスが崩れ、正常時とは異なる思考回路や飛躍した論理が展開されます。
一般的にうつ病と聞くと思考が遅くなったり止まったりする症状が知られていますが、反対に、仮説に仮説を重ねたような推論を高速で思考したり、目的のない思考を延々とループさせていたりすることも多いのです。

落胆しているシンジも、カヲルを喪ったことへの悲しみ、その引き金を引いた自らへの失望、その償いの可能性を模索するも思いつかない焦燥、過去そうやって償おうとして失敗し世界とカヲルを台無しにしたことへの自責などで思考をループさせてしまっています。
そんなシンジにアスカはそれとは異なる時点のこと――参号機の起動実験後の別れとAAAヴンダーでの再会に目を向けるよう、それとなく促してループを脱するヒントを提示しています。

先述のように、ここでもカヲル以前のことに目を向けるよう示唆しているところにアスカの優しさが感じられます。
また、共感からの非難をするときに用いる「どうせ」をここでも使用しており、一旦シンジの身になって考えている様子も伺われます。

「なんでみんなこんなに優しいんだよ」

シンジの視点に立てば、毎日話しかけにきてくれているのは仮称アヤナミレイ(そっくりさん)だけですし、レーションを持ってきてくれているのも仮称アヤナミレイだけですので、「なんで君はこんなに優しいんだよ」と言ってもおかしくないように思えます。
何しろ、このシーンまでのシンジは他の人たちから放置(トウジ・ケンスケ)、非難(アスカ)、強制(洞木父)しかされていないのですから。

にもかかわらずシンジが「みんな」と言っているのは、それぞれの人たちが優しさから行動していることを、外ならぬシンジは気づいていることを示しています。
これまで挙げてきたアスカの言動も、毎日シンジを気にかけてこっそり監視していることも、全てシンジには伝わっているのだと思います。

うつやひきこもりの人も、実は周りの人の言動や視線をとてもよく見ています。
周囲の人の表面的ではない、まごころとでも言うべき優しさがシンジを立ち直らせるところに、シンエヴァのリアリティを感じるのです。

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