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生物心理社会モデル

生物心理社会モデル Bio-Psycho-Social Modelは、1977年に精神科医であるジョージ・エンゲルが提唱した、精神疾患を見立てる上での枠組みです。
それまでの医学モデルから、より現実的なモデルとして提唱された生物心理社会モデルですが、日本の精神科領域ではまだ活用できているとは言えないのが現状です。

生物心理社会モデルの概要と、治療への応用について説明します。

アセスメントとしての生物心理社会モデル

精神疾患の問題は階層ごとに連鎖して引き起こされる

生物心理社会モデル以前、医療における疾患の考え方は生物医学モデル Biomedical Modelでした。
病気は突き詰めていけば原因に行きつくことができると考え(還元主義)、原因を取り除くことができれば病気そのものも治癒できるという考え(機械論)に基づいていました。

生物心理社会モデルは、精神疾患を始めとする病気は単一の原因によって引き起こされるのではなく、複数の要因が互いに関連したために引き起こされたと考え(相互作用)、しかもそれぞれの要因が他の要因を補強したために状態が維持されている(円環作用)と想定して、疾患を捉えます。

生物的要因

脳や臓器といった体の一部や体の構造による要因です。
うつ病の場合、脳の神経シナプス異常やセロトニン受容体の異常、うつ病になりやすい遺伝的要因などが生物的要因に当たります。

よりミクロに解析される要因であり、神経系>臓器>細胞組織>細胞>分子といった具合に、進むにつれて微小になります。

心理的要因

気分や感情、思考や行動といった個人的な要因です。
うつ病の場合、元々ネガティブな捉え方をする人だったか、社交的な場に進んでいく方か一人を好む方かといった行動傾向、過去どのように養育されたかなどが、この要因に該当します。

社会的要因

個人を取り巻く環境や生活している地域、配偶者や家族といった外的な要因です。
うつ病の場合だと、支援してくれる同居人がいるかどうか、休職しても手当金が受け取れるかどうかといった情報がこれに当たります。

よりマクロな階層性のある要因であり、二者関係<家族<地域<文化<国家<生存圏(地球)というように、階層が進むにつれ大きな広がりを持ちます。

生物心理社会モデルを疾患のアセスメント(評価)に適用すると、次のようになります。

Aさんは肝炎になり、インターフェロン製剤の副作用でうつ状態を訴えるようになりました。
治療のためにと外出を控えるようになりましたが、それによって運動不足になり、食生活も偏るようになったことから、脳内神経伝達物質のセロトニンが不足していると考えられました(生物的要因)。

元々真面目ですが少しネガティブなところもあったAさんは、現状を悲観するようになり、「社会復帰できる自信がない」といった発言が増えていきました(心理的要因)

会社はAさんに充分な休職期間を与え、金銭的にも困らないように書類を用意したり手当を支給したりしましたが、独り身で実家も遠方のため、日々の生活を心身両面からサポートしてくれる人がいないのが懸念されました(社会的要因)

このように、特に精神疾患は3つの側面それぞれからアセスメントすることが、包括的な治療や支援につながります。
また、その介入が妥当かどうか検討したり、どの順番で介入するかを決定したりすることが可能になります。

特に、3つの要因を一人の専門職が全てカバーすることは難しいため、チーム医療や多職種連携によって分担することが望ましいとされています。
医者、看護師、薬剤師、作業療法士、理学療法士、精神保健福祉士、ケースワーカー、ケアマネジャー、ヘルパー、そして心理士が、それぞれの専門性を発揮することが理想です。

一方、現場では、医師が専門職の陣頭指揮を執る役割を担わされ、しかし専門医は他の専門性に疎いか全くの不勉強かのため、3つの側面からアセスメントされることはほとんどないのが現状です。

チーム医療や多職種連携を成功させることを期待されている医師が、プライマリケア医と家庭医です。

プライマリケア医とは、患者が専門医にかかる前に相談に訪れる、内科をはじめとした地域の身近な医師のことです。
プライマリケア医は風邪を診たり健康診断結果を伝えたりする一方、他の適切な専門機関に紹介することも役割の一つのため、他の職種や施設の役割に精通していることが多いです。

家庭医は、診察室から出て家庭を訪問したり地域のコミュニティで活動したりする医師です。
家庭医は自ら社会的要因の中に身を置いたり、患者の家族や地域の支援者に会ったりできるため、生物的要因以外に対して働きかけることが期待されます。

生物心理社会モデルを担う専門家

要因ごとに評価と治療的介入を行う必要がある

アセスメントによって患者の困り事がどの要因によって構成されているか分かったら、いよいよ治療的介入です。
そのはずなのですが、ここで早速、治療は誤った方向に行きがちです。

なぜなら、治療のために医療機関を訪れた時点で、せっかくのアセスメントされた情報は一旦ゴミ箱に入れられ、とりあえず生物的アプローチである投薬と静養から始まってしまうのです。
せっかく生物心理社会的モデルに基づいて要因を洗い出したのであれば、取り組みやすいところ・すぐ介入できればいいところからアプローチすればいいはずですが、そうはならず、最終責任者が医師が故に医師のできること――処方と休職診断書発行が初手として打たれるのです。

例えば、過去に薬を飲んで嫌な思いをした経験があれば(心理的要因)、処方はしないで経過観察する手もあるはずですが、症状緩和のためにまず処方する医師がほとんどです。
また、患者が入職したばかりで休職したら手当が出ないこともありますが(社会的要因)、うつの重症度だけで休職の判断をする医師もまた多くいます。

こうして、生物心理社会モデルに基づいたアセスメントは行われず、仮に行われたとしてもそれは活用されることなく、しかし医師はそれが治療にとって良と妄信して、自分にできる範囲の医療サービスを提供するのです。

マネジメントを習っていない医師がマネジメントを担わされている

生物心理社会モデルの3領域には、それぞれに専門家がいます。

生物的要因では、医師を筆頭に、看護師、薬剤師、作業療法士、理学療法士などが、それぞれ治療的介入方法を持っています。
社会的要因では、公共サービスを提供する役所やハローワークをはじめ、企業、弁護士、社労士、精神保健福祉士などが介入を担っています。
心理的要因は、臨床心理士や公認心理師の他、他領域の専門家が兼務することもありますが、そうすると心理面のケアがおろそかになる場合もあります。

生物心理社会モデルを治療に活かすために大切なことは、各専門家が相談内容によっては自分以外が最初に介入した方が良い場合があるということを、特に医師が肝に銘じることです。
クリステンセンはこのことについて、「一般に医学教育では、医師が医療システムの中で協力して物事を成し遂げる方法を構築し、管理し、改善する手段を学ぶことは滅多にない」と述べています※1

各専門家でチームを結成するより先に、各専門家を管理する専門家がいなければ、生物心理社会モデルは絵に描いた餅になってしまうのです。

治療としての生物心理社会モデル

治り始めたら次の要因に働きかけるという治療マネジメント

では、専門家を取り揃え、治療を管理する者を置けば、精神疾患は治るのでしょうか。
残念ながら、ここにも落とし穴があります。

それは、生物的要因も心理的要因も社会的要因も全て改善させようと一気に取り組んでしまうケースです。

うつ病やPTSDを発症した人で、単一の要因から発症するケースというのはまずありません。
うつであれば仕事を休んでいたり家族と交流を絶っていたりしますし、元は素直であった人でも頑固になったり細かいことにこだわるようになっていたりするものです。

治療がこじれるケースというのは、3領域全てを同時に解決しようと取り組んでしまいます。
つまり、薬を充分量飲みながら(生物的要因)、職場へも復職に向けた手続きを始めさせ(社会的要因)、同時に認知も変えさせようとしてしまう(心理的要因)のです。

これだと、薬の作用によってぼーっとしてしまって復帰の手続きは思うようにいかないでしょうし、その不全感は「自分はできないやつだ」という捉え方をより強めてしまうことでしょう。
生物心理社会モデルによってアセスメントされた課題は、同時に取り組んではいけないのです。

では、1つずつ順に解決させていくのがいいかというと、それも少し違います。
1つの要因に取り組んでみて、それに改善の兆しが見えたらそのまま解決させるのではなく、そこで別の要因に変えて取り組んでいくべきです。

例えば、最初に投薬によって少し気分が上向いたのであれば、そのまま充分量に増やすのではなく、そのタイミングでカウンセリングを受けて認知変容を試みます。
それも、何度かおこなって認知変容できそうになってきたらそのまま続けず、そのタイミングで復職に向けて働きかけていきます。

治療に携わる全ての専門家は、その専門性に誇りとプライドを持って仕事をしています。
しかし、それ故に自分の領分において「治りつつある状態」を「治った状態」に完了させたくなってしまうのです。
ここが落とし穴であり、「治りつつある状態」まではすぐに持っていけるのに、「治った状態」までは大変な時間と労力がかかってしまうことが少なくありません。

これが、日本の医療機関での治療が長期化するからくりです。
ある健保の報告では、精神疾患の平均休職日数は200日以上であり、がんや心疾患などの休職期間よりも長くなることが知られています。

メンタル疾患での休職は長引く

ある要因が「治りつつある」まで来たら別の要因に切り替え、その要因も「治りつつある」まで来たらまた別の要因に切り替える。
治療の陣頭指揮を執っている専門家(大抵は医師)はこれができず、あるケースでは自分が治すまで背負い込み、またあるケースでは別の専門家に丸投げしたためにそこでの問題が解決するまでノータッチ、となって長期化するのです。

なぜ生物心理社会モデルが重要なのか

メンタルは螺旋状に回復させることが最短

当オフィスは心理カウンセリングの治療院であり、生物心理社会モデルの心理的要因の診断と治療に特化した施設です。
しかし、生物心理社会モデルに基づいたアセスメントをおこなっているため、相談者が「治りつつある状態」に至れば、すぐ別の要因に介入を移すなり、適切な治療的介入ができる機関に紹介するなりして、治療を前進させることができます。

紹介してもそのまま丸投げするのではなく、相談者と並走しながら、またタイミングを見て治療したり、治療効果の上がらない機関からは別の機関に変えてもらったりすることで、相談者に最も負担のかからない方法で治療していきます。

生物心理社会モデルに基づいた治療は、変化がまた別の変化を連鎖的に引き起こすという円環作用を想定しています。
そのため、「倍の時間かければ倍良くなる」とは考えず、「良くなったらそこから次なにをするか」を相談者と検討します。

医療機関はそうではなく、直線的な生物医学モデルに基づいた治療を行います。
そのため、処方の充分量・充分期間を謳い、「20mg使って効かなければ40mgにしてみよう」と増薬するのです。

心は生体と社会の間にある

相談者は精神疾患について、「こういうことが原因で今こうなっているのでは」という仮説を持って相談に訪れます。
「仕事では毎日嫌いな人と会わなきゃいけないし、上司は話を聞くだけで何もしてくれないし、家に帰っても夫は好きに過ごしているだけだし、こんなストレスフルだから私はうつになったんだ」といった仮説のことを、生物心理社会モデルに対して解釈モデルといいます。

解釈モデルは3領域の心理的要因に当たり、解釈モデルを語ってもらうことで、専門家は生物的要因は何か、社会的要因はあるのかを探り出していきます。
解釈モデルがそのまま疾患の発生機序になっていることはほとんどありませんが、解釈モデルを充分に聞き取らないで要因が把握できることもまたありません。

当オフィスは初回カウンセリングに充分な時間を確保し、解釈モデルを聞き取ると同時に、どのように見立てたか(アセスメントしたか)を皆様にお伝えします。

一方、回転率を重視するメンタルクリニックは患者の解釈モデルを充分聞かず、専門家としての型通りの見立てを話しただけで治療を始めてしまいがちです。
もしくは、患者の語る疾病についての物語(ストーリー)を聞くことにだけ時間を割き、それを専門家としてどう見立てたのか、どこから治療していくかは時間不足を理由に説明しないまま治療を始めてしまうこともあります。

どちらにせよ、診れば診るほど収益が上がる日本の保険診療システムでは、生物心理社会モデルを採用するコストは、メリットを上回ってしまうのが現状なのです。

生物心理社会モデルの未来

主観領域である心理的要因は段々と狭まっていく

生物心理社会モデルのうち、人それぞれ受け取り方が異なる、いわゆる“主観的”な要因は、心理的要因に分類されます。
一方、第三者によっても観察でき、その受け取り方も一致する“客観的”な要因は、生物的要因か社会的要因かのどちらかに分類されます。

「業務中にプレッシャーを感じた」と言えば心理的要因になりますが、「血中のストレスホルモン値が上昇している」と言えば生物的要因になります。
「休職中の手当金が少なく、余裕がないと感じた」と言えば心理的要因になりますが、「休職中の手当金は16万円だった」と言えば社会的要因になります。

生物的要因は、科学技術の発展に伴い、かつて心理学の領分だったものを分解・解析することで生理学や医科学の領分に取り込んできました
100年前だったら「感情」と呼ばれていた心の働きは、「恐怖は扁桃体の過剰発火による作用」だったり、「怒りは交感神経優位による自律神経系とホルモン系の過活動」だったりすることが、徐々に明らかになってきているのです。

一方の社会的要因も、ビッグデータ解析によって心理学の領分の事柄を明らかにしつつあります
「トラウマ体験をした人の2人に1人はうつになる」や、「低所得層の人が給付金を得るとうつが軽快する」といった研究結果は、ビッグデータの活用によって今後さらに心理を行動面から明らかにしていくことでしょう。

このように、心理的要因は今後も生物的要因と社会的要因に吸収されていき、その領分はますます狭まっていくと考えられます。
では、心理的要因はいずれ消滅するかと言えばそうはならず、個々人が主観というものを持つ限り、そこに共感的に寄り添い、その人の考える因果関係(解釈モデル)を理解する役割を心理職は担っていくと考えられます。

現在、心理学の領分とされている性格(パーソナリティ)や自尊心、ストレス耐性(レジリエンス)や家族構造といった概念も、徐々に生理学や社会学の一分野として確立していくでしょう。
それに伴って、現在の心理職も生物的要因や社会的要因について多くの知識が必要となり、人の主観に共感したりスピリチュアルな世界に精通できたりするような医師や心理士は、ゆくゆくは淘汰されていくことになるのかもしれません。

まとめ

生物心理社会モデルは、精神疾患を評価(アセスメント)するときに用いられる枠組みです。
個人を取り巻く要因を生物的要因、心理的要因、社会的要因に分け、それぞれが関連しながら病気が発生・維持していると考えます。

病気を評価するときだけでなく、その後治療するときにもこの枠組みを利用することが大切です。
しかし、それぞれの要因に専門家がいるにもかかわらず、精神疾患と診断された時点で医師に過大な管理責任が発生し、生物的要因以外の要因に対しては介入があまりなされないのが現状です。

東京カウンセリングオフィスでは、生物心理社会モデルに基づき、相談者の疾患を評価・介入をおこなっていきます。
特に精神疾患の場合、医師の個人的な治療経験や医療機関独自の力学に基づいて治療が進められてしまうことがよくありますが、そういった客観性に乏しい介入ではなく、各要因に対して順次アプローチする介入によって治療を進めていくのが、当オフィスの特徴と言えるでしょう。

※1 医療イノベーションの本質-破壊的創造の処方箋, クレイトン・M・クリステンセン, ジェローム・H・グロスマン, ジェイソン・ホワン, 2015

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