俳優の堺雅人さんが主演を務める日曜劇場『VIVANT』が9月17日放送分をもって完結しました。
第2話の次回予告で柚木薫(演:二階堂ふみ)の安否を予想するあたりから今後の展開に対する考察や推理が出始め、第4話のラスト15分で堺雅人の正体が判明してからは、ネット上に展開や裏切り者についての考察が加速度的に増えました。
9月17日放送の第9話で最終回を迎え、展開や正体についての考察も一旦は終息した『VIVANT』。
ここで、結果的には当たらなかった推理や考察を整理し、展開を推理したがる人や、考察を「もっともらしい」と感じる人の心理について解説します。
VIVANTとは?
TBS日曜劇場『VIVANT』は、同じく日曜劇場にて『半沢直樹』『下町ロケット』シリーズの演出を手掛けた福澤克雄監督原作・演出のオリジナルドラマです。
『半沢直樹』でも主演を務めた堺雅人を主演に据え、他にも阿部寛、二階堂ふみ、役所広司、二宮和也、松坂桃李など、豪華キャストを揃えていることでも話題になりました。
小説などの実写化ではないオリジナルストーリーで先の展開を知っている人がいないことや、ストーリーや役柄などの詳細が伏せられたまま放送がスタートしたことなどから、展開を予想したり、登場人物の正体を推理したりする人が続出しました。
昨今の謎解きブームや、韓国ドラマや動画配信サービスで取り入れられている、先の読めないストーリー展開もブームを後押ししたと考えられます。
最終回を終えた今、考察には出ていたものの当たらなかった予想や、まことしやかに語られたけれど全く見当外れだった推理も明らかになっています。
どのような考察が行われていたか、簡単に振り返ってみましょう。
外れた考察
以下は、7月16日の初回放送から9月17日の最終回までにネット上に挙げられた考察の一部です。
考察はYouTubeやInstagramに投稿された動画形式のもの、X(旧Twitter)や個人ブログに投稿されたテキスト形式のもの、それらをまとめたドラマライターやネットニュース編集部が展開を予想したものなどから抜粋しています。
考察 | 演者 | 根拠(一部) |
乃木憂助にはF以外の人格もある | 堺雅人 | Fはアルファベットで6番目だから(A~Eもいる) |
乃木憂助は別班とテントの二重スパイ | 堺雅人 | 1470万をすぐ用意できた 実父と敵対する可能性のある組織(別班)にあえて所属した |
柚木薫はテント | 二階堂ふみ | 公式サイトの登場人物相関図でモンゴル民族衣装 砂漠でわざわざ乃木が引き返してまで助けた |
柚木薫はインターポール | 二階堂ふみ | フランス語のVIVANTという単語をすぐ連想した 主要人物6人がVIVANTの字の前で立つ写真で”I”の前に立っている |
柚木薫は別班員 | 二階堂ふみ | 朝食のシーンで目玉の4つある目玉焼きを作り、 これから別班内の4人を殺すことを伝えている |
ドラムはテント | 富栄ドラム | 裏切りを象徴する黄色の民族衣装を身につけている |
公安の新庄は別班員 | 竜星涼 | VIVANT=別班と判明したシーンで乃木と目を合わせている 2度の尾行に失敗している 太田のいる部屋への突入を先行した上で失敗 |
丸菱商事の長野部長は別班員 | 小日向文世 | 取調室のシーン最後にアップになり、これだけで終わらない雰囲気 乃木を助けた戦場ジャーナリストが実は長野? |
丸菱商事の長野部長はテント | 小日向文世 | 乃木の過去について根掘り葉掘り探っていた 空白の2年間に海外で薬漬けになり、テントに救われていた? |
別班員は8人 | ― | 乃木のスマホ「VIVAN」フォルダ内のファイルが8つ ドラマ公式グッズ「別班饅頭」が8個入りだった |
黒須はテントの一員でノコルと結託している | 松坂桃李 二宮和也 | テントに捕らえられたのに乃木だけでなく黒須まで存命している |
黒須が真の乃木憂助 | 松坂桃李 | 乃木のミリタリースクール卒業年等が黒須の年齢の方に合致する |
公安の佐野部長は別班 | 坂東彌太郎 | 乃木の別班説を公安の会議で否定した |
公安の佐野部長は乃木卓の抹消に関わっている | 坂東彌太郎 | 年齢的に当時公安部に所属していてもおかしくない |
別班の櫻井指令はテント | キムラ緑子 | ノコル襲撃作戦のリーダーにあえて乃木を指名 乃木離反のシーンで「このことは他言無用」と緘口令を敷いた |
別班の櫻井指令が黒幕 | キムラ緑子 | 同上 テントを日本の敵ということにして潰したかった? |
バトラカは元公安で野崎の後輩 | 林泰文 | テント内にて乃木に配慮してくれていた ベキと同じように亡くなったことにして処理された? |
バトラカが乃木を救出した戦場ジャーナリスト | 林泰文 | テント内にて乃木に配慮してくれていた |
実際には当たらなかった考察のうち、多くの人が「伏線なのではないか」「この挙動や言動は怪しい」と疑ったり、「そうに違いない」「そう考えたら辻褄が合う」と思わされたりしたものにこそ、人間心理が関係しています。
その中から、ここでは「損失回避の心理」と「ファム・ファタール効果」をご紹介します。
損失回避の心理とは? プロスペクト損失回避性
損失回避の心理とは、人は利得よりも損失の方をより大きく過剰に評価する傾向のことです。
「プロスペクト理論」「損失回避性」とも呼ばれる、行動経済学の仮説の一つです。
特にこの損失回避の心理によって考察に挙がったのが、ドラム=裏切り者説です。
ドラム(演:富栄ドラム、声:林原めぐみ)は、野崎(演:阿部寛)の下で様々な作業や根回しを行うエージェントとして登場しました。
その人懐っこい表情とコミカルな動き、エージェントとしての遂行能力の高さなどから、一躍本作での人気者になりました。
こんなに好感度の高いドラムが「テントではないか」「裏切り者ではないか」と言われ始めたのです。
一体なぜでしょうか。
ドラムは愛嬌も良く、行き過ぎた言動などもなかったことから、視聴者の心をも掴みました。
それは同時に、「裏切ってほしくない」「悪い奴であってほしくない」という負の感情も高めていったと考えられます。
もし本当に裏切り者だったとき、そのショックは大変大きなものになるでしょう。
そこで、先んじて「裏切り者では」と疑っておき、本当に裏切り者だったときの損失を前もって緩和しておきたかったのではと考えられます。
「人は実際の損得と心理的な損得が一致しない」というのが、損失回避の心理です。
プロスペクト理論では、現実の損失が1のとき、心理的には2~2.5の損失と認識するといいます。
つまり、手持ちの1000円を失う苦痛は心理的には2.5倍ほどの苦痛として知覚され、それと釣り合うには2500円相当の喜びや充実感が得られねばならない、ということになります。
ドラムが有能で愛くるしいキャラクターであればあるほど、裏切り者であってほしくない、味方でいてほしいという気持ちも視聴者の中で高まったことでしょう。
その心理的な損失を避けるべく、ドラムの怪しいところを努めて見つけようとしたり、裏切り者であると仮定してストーリーを追ったりした人が多くいたと推察されます。
ファム・ファタール効果とは?
ストーリーの最序盤から「実は敵では?」と疑われていた人物がいます。
それが、柚木薫(演:二階堂ふみ)です。
彼女がいたからこそ画面が華やぎ、視聴者の情の部分が動かされ、話のテンポもスムーズに進んだところが確かにあるのですが、その一方で前半のバルカ脱出劇のときからずっと裏切り者ではないかと疑われていました。
ここに絡んでくるのが、ファム・ファタール効果です。
ファム・ファタール効果とは、美しい女性は信用ならないと思われるという心理バイアスです。
ファム・ファタール(Femme Fatale)はフランス語で「魔性の女」を意味し、「恋心を寄せてきた男性を破滅させる女性」をこう呼びます。
美しい、見た目が良い、綺麗だというだけで疑われやすくなるこの効果で、柚木薫も視聴者から疑われていたと考えられます。
ファム・ファタール効果の裏には、3つの感情があるとされています。
1つは、美女によって自分の地位が脅かされたり、自分を好んでくれている人が目移りしたりしないかという不安感です。
もう1つは、整った顔立ちのために何を考えているのか、どう感じているのか読めないことからくる恐怖心です。
また、見た目の良い人は得をしていそうだ、これからも得をするに違いないという嫉妬心も隠れていると思われます。
柚木薫も、こういった恐怖や嫉妬を視聴者に感じさせており、それが「テントではないか」「黒幕ではないか」といった形で怪しまれたり、疑われたりしていたのかもしれません。
そして、ストーリー後半で同じくファム・ファタール効果を生じさせていたと思われるのが、黒須駿(演:松坂桃李)です。
黒須もまた、作品中屈指の美形であり、ドラムに匹敵するほどの優秀な人間です。
柚木薫と同じく、ストーリー後半では影に日向に活躍したり感情を露わにしたりと、物語を展開するのにも一役買っていました。
彼に対しても視聴者は「裏切ってほしくない」という気持ちと「裏切り者なのでは」という気持ちの両方を抱き、あえて裏切り者だと仮定してその挙動を追ってしまったために、「火のない所に煙」を見てしまったのではないでしょうか。
もちろん、作品タイトルに印字された「敵か味方か、味方か敵か」というフレーズが疑いの目を細部にまで光らせ、考察と伏線探しを加速させたことも間違いようのない事実でしょう。
しかし、あらぬ疑いをかけ、いわゆる「幽霊の正体見たり枯れ尾花」現象を引き起こすような人間心理も、確かに視聴者の判断に影響していたと思われます。
まとめ
今回は『VIVANT』の考察から、誤った予想や疑念が生じる心理について説明してきました。
ドラマや映画といった創作であれば、それらは謎解きや推理の範疇で楽しむことができるでしょう。
一方で、相手のいる実社会やSNSでの交流においてそういった心理傾向が生じることには注意が必要です。
損失回避の心理もファム・ファタール効果も、まず自身にそういったバイアスや偏りが混入していないか、自らを省みれるようにしておくことが大切です。
その上で、損失回避の心理の場合なら、損失を0.4~0.5倍にしてみるようにし、過剰に憶病になったり行動することを避けたりしないようにすることが必要でしょう。
ファム・ファタール効果の場合も同様に、美男美女に対して過度に敵対的になっているときには自身をなだめ、友好的に接してみるのがいいかもしれません。
心のどこかで美男美女を怖れ、猜疑的になっている自分に素早く気づくのも効果的です。
ドラマでも実社会でも、大切なのは正しく物事を見ることです。
疑いすぎず、さりとて信じすぎもせず、正しく物事を見られるよう心がけたいものです。
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