自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)は、コミュニケーションの困難と反復行動によって特徴づけられる、発達障害の一種です。
通常、12歳までに診断されますが、軽度の場合や知的な遅れを伴わない場合、青年期や成人後に診断されるケースもあります。
3人に2人は高度なコミュニケーションを必要とする第三次産業従事者となった日本では、コミュニケーション能力は今後ますます重要視されていきます。
成人後に診断を受けた、いわゆる大人の発達障害や、発達障害の範囲を拡大する発達障害のグレーゾーンなど、発達障害への理解は更に必要となっていくでしょう。
大人のASDについて説明します。
自閉症スペクトラム障害(ASD)とは?
自閉症スペクトラム障害は、コミュニケーションの困難さと反復行動を主な症状とする、神経生物学的障害です。
かつては、自閉性障害、アスペルガー障害、レット障害、小児期崩壊性障害、特定不能の広汎性発達障害と分類されていましたが、2013年に発行された診断基準(DSM-5)からは統合され、ASDと呼ばれるようになりました。
自閉症スペクトラム障害(ASD)の症状
以前は、イギリスの児童精神科医ローナ・ウィングの提唱した「3つ組の障害」がASDの特徴とされていました。
現在の診断基準では、①社会的コミュニケーションの困難さが持続的にあること、②反復的で様式の定まった行動をとること、の2つが、主だった特徴とされています。
空気が読めない
社会的コミュニケーションがとれないことを、一般的に「空気が読めない」ということがあります。
ASDの空気の読めなさの理由を「表情や身振り手振りが読み取れないため」と説明されることが多いようですが、それは不充分な説明です。
大人の空気の読めなさは、文脈の読めなさです。
文脈(context)とは、コミュニケーションの前後関係のようなものです。
相手はどういう立場か、自分と話す意図は何で、何が目的か、相手は何を知り、何を知らないと考えられるか、といった前提知識があり、そこから省略される事柄が多ければ多いほど、高度なコミュニケーションとなります。
ASDは、この文脈を踏まえることが苦手です。
人と仲良くなれない
事前に知っていることや推定できること、前回までの話や定番の話(いわゆるあるある話)があるのが、人とのコミュニケーションです。
これは、たとえ相手が初対面であっても同じです。
こういった前提知識がなく、結果、文脈を踏まえられないASDは、それでも間違えたことを言ったりやったりしないよう、発する言葉そのものに多くの注意を払います。
本来、脳のリソースを割くべきは「言葉」ではなく「言葉以外(前提や省略)」ですが、間違えたくない、叱られたくないといった心理から、情報としての言葉を重視し、その結果、スムーズでフレンドリーなやりとりが犠牲になります。
定型発達の人は、スムーズなやりとりの方をこそしたいと思うため(齟齬があったら修正すればいい)、ASDとコミュニケーションをとりたくなくなり、ASDはコミュニケーションをとる頻度がますます減っていってしまいます。
空気を読もうと顔色をうかがったり身振り手振りを理解しようとしたりして、より一層コミュニケーションをとれなくなるASDの人が多くいます。
文脈が分からない、前提知識を知らない、ネガティブな反応に怯えてしまう人にはカウンセリングが有効ですので、お困りの際にはご相談いただければと思います。
自閉症スペクトラム障害(ASD)の診断
自閉症スペクトラム障害チェックリスト
以上のうち、「当てはまる」「どちらかというと当てはまる」が7つ以上あると、ASDの可能性があります。
自閉症スペクトラム障害の診断基準
アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-5)では、以下の1~4を満たした場合に、診断が下せるとしています。
- 社会でのコミュニケーションや対人交流の持続的な障害
社会での情緒的な相互交流の障害
興味や感情、愛情など相手と共有できる割合が少ないために、一般的でない人へのかかわり方をしたり言葉のキャッチボールに失敗してしまうような例から、人とのかかわりを自分から持てなかったり相手からの働きかけに反応できない例まで幅広くある。
社会的交流における非言語コミュニケーション行動の障害
アイコンタクトやボディランゲージが一般的でない使い方だったりジェスチャーの意味理解や使用がうまくできない例から、表情や非言語コミュニケーションが全く欠けている例まで幅広くある。
人間関係を築いて保ち理解することの障害
様々な社会的文脈に合わせて行動を変化させることに難しさがある例から、一緒にごっこ遊びをしたり友達を作るのが難しい例、また仲間を作ることに全く興味がない例まで幅広くある。 - 限られた反復されるパターンの行動や興味、活動(以下の項目のうち少なくとも2つに当てはまる)
型にはまった体の動き、物の使用や発話
単純な常同運動やおもちゃを一列に並べる、物をひっくり返す、エコラリア(オウム返し)、奇妙な言い回しなど
同一性へのこだわり、決まった手順への融通の利かない固執、儀式化された言語もしくは非言語行動パターン
小さな変化に対して過剰に嘆き苦しむ、変化への対応の難しさ、融通のきかない考え方のパターン、儀礼のような決まった型での挨拶、決まり事を必ずおこなったり同じものを毎日食べる必要性など
集中の深さや狭さが一般的でないほど非常に限られている大変強い興味・関心
一般的でない物への強い愛着や没頭、過度に限られたもしくは固執した興味など
感覚入力に対しての反応性の過度の上昇もしくは低下、もしくは周囲の環境の感覚的側面に対しての並外れた興味
痛みや温度に対して明らかに反応しない、特定の音や触感に対する強い拒否反応、過度に物のにおいを嗅いだり触ったりする、光や物の動きを夢中で追っているなど - 症状は早期の発達段階までに発現していなければならない(が、社会的な要求が限られた能力を超えるまで全てが現れないかもしれない。もしくは後天的に学んだ対処法で見えなくなっているかもしれない)
- 症状によって社会や職業またはその他の重要な分野で臨床的に重大な機能障害が起こっている
自閉症スペクトラム障害(ASD)の原因
ASDは神経生物学的な障害です。
遺伝子から脳機能まで、原因は複数あります。
ここでは代表的なものを挙げます。
シナプスの刈り込み不足
脳は、生後8ヵ月までは神経細胞(ニューロン)を増加させ、大量の神経接続(シナプス)を形成していきます。
8ヵ月を過ぎると、脳のシナプスは間引かれ、不要な部分がなくなって最適化していきます。
この過程をシナプスの刈り込みといいます。
自閉症児の脳は定型発達児より重く、ニューロンが多いことが分かっています※1。
自閉症スペクトラム障害の人は、シナプスの刈り込みが不充分であり、脳内の大量の信号に脳が圧倒されてしまっている可能性が考えられています。
免疫細胞の一つであるミクログリアが機能せず、神経回路が残ってしまっていることがその一因です。
父親の年齢
両親がASDでなくても、妊娠出産当時の父親の年齢が高いほど、ASDになる確率が高まることが指摘されています。
高齢になればなるほど、精子内の遺伝情報に変異が起きやすくなるようです。
ASDを引き起こすと目されている遺伝子としては、タンパク質STX1Aの遺伝子(シナプス伝達を制御する)、シャンクタンパク質の遺伝子(神経細胞を発達させる)、ニューロリギン3、4(シナプスを接着するタンパク質を産生する)などが挙げられています。
鉄分やビタミン不足
妊娠中の母胎が置かれた環境についても、いくつかの原因が指摘されています。
その一つが鉄分の不足ですが、うつ病などの気分障害も鉄分不足と関連していると言われているため、鉄分不足がASDを引き起こすのか、母胎が精神疾患だとASDになりやすいのかは、まだ判明していません。
自閉症スペクトラム障害(ASD)の特徴
ASD症状以外にも、ASDの人に表れやすい特徴がいくつかあります。
全ての人に表れるわけではありませんが、特徴とその原因を紹介します。
運動が苦手
シナプスの刈り込みが不充分なことから脳内の電気信号が入り乱れてしまい、思いどおりに体を動かすことができなくなります。
意図したように動けないことから運動しなくなり、ますます骨や筋肉が発達せず、弱々しい体つきになります。
関節や筋線維からの情報が脳に届かないと、じっとしていることも苦手になります。
字が下手
筋線維のざらつきなどから体の動きを確かめたり、体がどこにあるかを脳が感知する感覚を固有感覚といいます。
全身を動かしていないと固有感覚が発達せず、体の部位から脳に感覚を伝えるために体を絶えず動かすようになったり、物に体をよくぶつけたり、何もないところでつまずいたりしやすくなります。
骨や筋肉の使い方が不得意なことから、ペンの持ち方もおかしくなります。
力を抜く部位に力が入ってしまったり、逆に力を入れるべきところを緊張させられなかったり、緊張とリラックスのアンバランスさから座る姿勢が悪くなったりします。
メイクが下手
全身の筋肉の使い方が苦手だと、体の部分的に筋肉の使い方もうまくできなくなります。
その最も代表的なものが、目の筋肉です。
眼球は6つの筋肉が連動して動かしており、見たい方向に向けたり、手前や奥に焦点を合わせたりしています。
ASDの人は、視力に問題がなくても、こういった目の使い方がうまくできません。
ボールのような動いているものがしっかり見えなかったり、止まっていても焦点を合わせるのに時間がかかったりします。
メイクをするときなどは鏡の中の自分を見据える必要がありますが、よく見えなかったり微細な動きができなかったりすることから、厚化粧になったり、のっぺりとした印象のメイクになったりしがちです。
瘦せている
ASDの原因タンパク質の1つに、CHD8遺伝子があります。
ASDはこの遺伝子の変異率が高いとされていますが、この遺伝子に変異がある人には瘦せ型の人が多いと報告されています。
このことから、CHD8遺伝子を利用することで、肥満治療に応用できる可能性が示唆されています。
若く見える
シナプスの刈り込み不足から感情も生じにくくなり、顔の表情が乏しくなります。
表情筋をあまり使わないことから顔のしわが刻まれにくくなり、年齢を重ねれば重ねるほど年齢不相応に若く見えるようになっていきます。
痩せ型の人が多いことも、若々しく見えることに拍車をかけます。
顔が覚えられない
医学的には相貌失認といい、大脳新皮質(後頭葉や側頭葉紡錘状顔領域)の障害とされています。
ASDの場合、顔認識に関わる脳部位以外の原因によっても人の顔を覚えられないことがあります。
目の使い方がうまくできないため、人の顔に即座に焦点を合わせられなかったり、見ても焦点を合わせ続けられなかったりします。
顔から情報を読み取ることをそもそも諦めてしまっていることもあります。
反対に、顔から得られる情報が多すぎて圧倒されてしまい、肝心の情報を拾い切れないこともあります。
相手の感情、視線の向き、次に起こる状況や発現の予想、自分の表現すべき非言語メッセージ(姿勢、頷き、身振りなど)、言語メッセージを発するか発するべきでないか、といったことに脳神経の活動が割かれてしまい、顔の記憶にまで「手が回らなくなる」のです。
見たものの属性、材質、意味などを把握する能力を知覚統合能力といいますが、ASDはこの能力に乏しい場合があります。
痛みに鈍い
スポーツ選手や災害救助隊員などは活動中、エンドルフィンやアドレナリンの作用によって一時的に痛みに強くなったり、そもそも痛みを感じなかったりすることがあります。
ASDはそれとは違った機序によって、痛みに鈍いことがあります。
皮膚や内臓が刺激を受けると、脳内では痛覚や圧覚がその情報を受け取り、痛みなどの反応を発します。
ASDは受け取った情報が脳内に拡散してしまい、反応する閾値まで電気信号が達さないために「感じていない」ことになっていると考えられます。
こういった身体感覚からの情報の拡散によって起こる現象が感覚鈍麻です。
寒さに強い
寒さについても同様で、皮膚の温冷覚からの情報が「寒い」と感じるところまで届かず、寒さに強くなります。
反対に、あまり使われていない感覚からの情報に反応しやすくなることもあり(感覚過敏)、これが偏食や化学繊維への苦手さに繋がります。
寒暖への耐性はそれ単体の性質ではなく、他の過敏性との関連で起きる、相対的な現象の場合があります。
例えば、寒いには寒いのだけれど、長袖を着たりマフラーを巻いたりするくらいなら、寒い方がまだマシ、といった状態です。
チクチクした着心地やじんわり汗ばむ感覚が嫌いで、それを避けるために薄着をしていることがあります。
挨拶できない
ASDは物事に取り組むとき、その達成に不必要な動作は省略する傾向が強いそうです※2。
例えば、蓋を開ける前に手を2回叩くよう教わっても、開けるのに必須ではないと判断すると手を叩かなくなる、といった具合です。
この傾向のまま年齢を重ねると、挨拶をはじめとする儀礼的行為を行わなくなります。
儀礼的行為はそれ自体の意味だけでなく、集団内の親密さを高めたり、集団内と外を区別したりする働きがあります。
挨拶をしなくても即座に弊害は出ませんが、会社なら「この顧客は礼儀を重んじるから」という理由でプロジェクトに参加させてもらえなかったり、挨拶した覚えのない人に情報を渡したら、他部署だったり産業スパイだったりする場合が想定されます。
時間を守れない
待ち合わせ時間に遅れる、提出期限を守れないなども同様です。
決められた時間を守れないことそれ自体は問題にならないかもしれませんが、タイトなスケジュールの案件には声がかけてもらえないかもしれませんし、「人やチームを管理できないだろう」との評価から管理職に昇進させてもらえず、給料も上がらないかもしれません。
何の疑問も抱かず手だけ動かしていればいい作業ならいざ知らず、「時間にルーズでも仕事さえできればいいんでしょ」とはいかないのがビジネスであり、日本社会なのです。
怒りっぽい
シナプスの刈り込みが不充分なことから、情報量に圧倒されたり、自身の中で情報が増幅されたりすることにより、興奮状態に陥ることがあります。
これをメルトダウン(meltdown)といい、不安感の増大するパニック発作の怒りバージョン、落ち込みバージョンのようなものです。
外界の対象に向けて怒っているように見えることもありますが、パニック発作に近いものですので、対象がなくても起きることがあります。
ASD児の場合ならタイムアウト法(その場から離れて一人の部屋などで過ごす)が有効ですので、成人の場合でも刺激から離れ、一定時間後に改めて対応するのが望ましいでしょう。
自閉症スペクトラム障害(ASD)の治療と対策
ASDに対処する方法を3つ挙げます。
周囲から孤立し一人で抱え込みやすい性質がありますので、お困りの際には相談されることをオススメします。
粗大運動を行う
集中力がなかったり、体を動かしてしまってじっとしていられなかったりするときは、脳が刺激不足で体からの感覚を欲している可能性が考えられます。
体を大きく動かすことで脳が安定し、物事に集中できるようになります。
集中力は目の動きと連動しますが、目の周りの小さな筋肉をいきなり動かすことはASDにとっては困難です。
まずは大きな筋肉を動かすと、筋肉の緊張、神経の通わせ方、不要な感覚の閉じ方を体が理解し、目も脳の端末としてスムーズに動かせるようになるので、物事に効率的に取り組めるようになります。
作業興奮を利用する
運動しようにもする気が起きないときには、作業興奮を利用する方法があります。
ベッドやマットの上で手足をばたつかせることで末梢のだるさが取れ、脳の覚醒水準が高まります。
「早くやらないと」と「やりたくない」のループから脱し、脳のメモリが空くので「実際にどうやるか」の方に注力できるようになります。
ガジェットを積極的に用いる
ASDが適応を高めるためには、文明の利器を使うことが有効です。
聴覚の過敏さにはイヤーカフ、視覚の過敏さにはサングラスなど、刺激や情報を抑えることでかえってパフォーマンスを高めることができます。
あるケースでは、満員電車に乗る不快感を避けて自転車通勤を始め、運動不足が解消した人もいました。
本人は自転車のチェーン音も嫌いでしたが、我慢して乗車するよりはマシだったそうです。
デメリットよりリターンの多い方法を模索・検討したい場合には、カウンセリングにてご相談ください。
まとめ
自閉症スペクトラム障害(ASD)は、コミュニケーションの質的障害と反復常同行動によって特徴づけられる発達障害です。
生物神経学的な脳機能障害であり、遺伝的な要因によって発症することが分かっていますが、遺伝子を特定するまでには至っていません。
遺伝子の変異、シナプスの刈り込みの不充分さ、母胎の栄養不足などによって様々な症状が出現します。
脳だけでなく体全体を使うことで、感情面や感覚異常、常同行動などを緩和する場合があります。
ガジェットを用いること、周囲からのサポートやカウンセリングを適切に利用することで、文脈の理解や合理的配慮を得ることもできるでしょう。
ASDはトラウマ記憶が残りやすく、その解消が達成できないまま成人していることが多くあります。
シナプスの刈り込み不足から印象的な体験の方に強く記憶が残ってしまい、別の神経回路が形成されないまま、情動や感覚が記憶されてしまうのです。
人への愛着形成も学童期後期と遅いことが多く、安全基地のないまま色々な体験をするため、恐怖を感じやすい環境の中で成長してこなければならなかった事情もあります。
当オフィスはトラウマ治療、ストレス関連障害の治療を専門におこなっていますので、学童期や就労してからのトラウマにお困りの場合には、ぜひ一度ご相談ください。
※1 自閉症児の脳のニューロン数が異常であることが予備研究で判明 https://www.sciencedaily.com/releases/2011/11/111108200710.htm
※2 自閉症スペクトラム障害における過剰模倣と適応行動の関連性 https://t.co/XqbIgHnQrG
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