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愛着障害と自律神経

「愛着がわく」「愛着を感じる」のように、愛着とは、慣れ親しんだ物や人に強くこころ惹かれる様子を指します。
一方、心理学では愛着障害という用語が用いられますが、これは一般的な意味での「愛着」とは少し違った意味での「愛着」になります。

愛着と愛着障害、そしてその状態になると自律神経系にどのような変化が生じるのか、説明します。

愛着の定義

一般的に「愛着」というと、慣れ親しんだ物や人に心を惹かれること、離れがたいと感じること、執着といった意味になります。
長年使い込んだ時計や財布に「愛着が湧いた」という場合もそうですし、断捨離しなければならないのに「愛着を感じて」捨てられないという場合もそうでしょう。

一方、心理学的な文脈だと、子どもが特定の他者に抱く、情緒的な結びつきや絆という意味になります。
他者と情緒的なやりとりができるようになることを「愛着形成」といったり、そういった結びつきのできた養育者のことを「愛着対象」と呼んだりします。
最近の研究では、子どもに限らず、成長過程で愛着形成できることが将来の精神安定に繋がっていくことも示唆されています。

心理学用語としての「愛着」は「attachment」の訳語ですが、では、「attachment」も同じ意味なのかというと、少し違います。

その差異は、愛着障害(attachment disorder)の違いを見てもらえると分かりやすいです。

WHOの診断基準であるICD-11(国際疾病分類第11版)には、attachment disorder に該当する疾患が、2つ記載されています。
一つは反応性アタッチメント障害であり、子どもが養育者に対して過剰によそよそしい病態を指します。
もう一つは脱抑制型対人交流障害であり、子どもが過剰になれなれしく接近する病態を指します。

子どもが過度に近づくか離れるかという違いはありますが、どちらも情緒的な側面には言及していません。
人とのやりとりが少なくて、結果かんしゃくを起こしたり抑うつ気分になったりすることもあるかもしれませんが、そこは attachment disorder の示している病態ではないということです。

一方、日本で「愛着障害」というと、情緒的な絆を結べなかった状態、または、情緒的な絆を結べなかったために引き起こされる情緒不安定さや問題行動、といった意味で用いられます。
「私は愛着障害なので、不安定になりやすい」や、「私は愛着障害のケがあるので、人のことを簡単に信じたり、すぐ不信感を抱いたりしてしまう」といった具合にです。

では、このような日本的な意味での「愛着障害」は、何と診断されるのでしょうか。
もしかして、日本的な意味での「愛着障害」は障害でも疾患でもなくて、ただの正常範囲の中でのはずれ値なのでしょうか。
実は、この「愛着障害」の示す病態が、PTSDであり、複雑性PTSDなのです。

この日本的な意味での「愛着障害」は、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル)の診断だとPTSDのサブタイプの一つとして、ICD-11の診断だと複雑性PTSDとして、それぞれ分類されています。

愛着形成の失敗はPTSD

養育者との間に情緒的な絆が結べなかったケースには、どのような場合が考えられるでしょうか。

一つには、養育者側の要因があります。
養育者が精神的に不安定であったり、ほとんど子どものそばにいなかったり、精神疾患にかかっていたりした場合は、子どもは安心感を感じられず、感情面で不安定になります。

その極端なケースが、虐待やネグレクトです。
身体的暴力や心理的虐待で家の中でも常に脅威にさらされ、安心感を得られなかった場合、または育児放棄によって情動調整を習得できなかった場合などには、養育者との間に愛着を形成することができません。
他にも、養育者がコロコロ変わったり、乳幼児期のうちに大勢の養育者と関わったりしても、愛着形成がうまくいかない場合もあるといいます。

もう一つは、子ども自身の要因です。
反応性アタッチメント障害や脱抑制型対人交流障害のように、5歳未満のときから人とのやりとりが過剰だったり過少だったりすると、愛着形成の機会を逃す可能性があります。
また、自閉症スペクトラム障害のように、生まれつき人とのやりとりに関心の乏しい場合も、愛着形成できない場合があります。

こういった、子ども自身に要因がある場合は、そちらの診断名が優先されるため、愛着形成に関してPTSDや複雑性PTSDといった診断名はつきません。

更に、環境要因によっても愛着形成に失敗することがあります。
劣悪な環境下に置かれながら養育された場合、どんなに養育者が心を砕いても安全安心を感じることができないため、適切な形では情緒的な結びつきが獲得できません。
戦争中であったり移民であったり、不衛生な養護施設や児童福祉施設に預けられたりした場合には、愛着形成に失敗しやすいと報告されています※1

このように、養育時に外部要因によって愛着形成の機会を逃してしまうことは、トラウマティックストレスに該当します。
愛着障害といった場合には情緒の不安定さや対人関係の困難さがクローズアップされやすいですが、実際には人格形成や慢性的な不調など、もっと広範囲に影響する病態と考えた方が良さそうです。

愛着形成に失敗すると何が起きるか

心理学的な文脈で使われる「愛着」は重要な他者、特に養育者との精神的な結びつきのことを指しますが、それが確立できないと、青年期や成人後も様々な不安定さを抱えるとされています。
その中でも古くから言われているのが、自己観と他者観への影響です。

見捨てられ不安と親密性回避

自己観とは、自分自身をどう捉えているか、どう定義しているかということです。
自己観が安定していれば、「自分は他者に助けを求めても良いし、他者からの助けにもある程度は応えられるだろう」と信じ、そのように行動します。
これが不安定だと、「自分は助けられる価値がない」と考えてヘルプを出せなかったり、無価値な自分は見捨てられるだろうと確信して不安になったりします。

他者観が安定していれば人を信頼することができる反面、不安定だと、不信感が根底にあるために人を頼れず、一人で抱え込んだり親密になれる状況を避けたりします。
このように、愛着形成に失敗すると、自分と相手に対する基本的構えが不安定になり、他者とうまく交流できなくなる可能性が示唆されます。

愛着障害と自律神経

ここまで、診断上は愛着障害がPTSDに含まれるということについてお話ししてきました。
トラウマティック・ストレスがあったために愛着形成が失敗したと考えると、自律神経系への影響が懸念されます。

トラウマ体験をしたりトラウマ記憶が残っていたりする人は、自律神経系の中でも腹側迷走神経複合体に変調をきたしやすくなります。
腹側迷走神経複合体は主にコミュニケーションに関わる部位を司っており、声を出すためののど、笑顔を作るための口周辺、心臓、肺などの自律的な活動をコントロールしています。

腹側迷走神経複合体に異常が生じると、のどが詰まったように感じて声が出しづらくなり、顔からは笑みが消え、のっぺりとした表情になります。
脈は遅くなることから思考の巡りが悪くなり、呼吸も浅くなって息苦しさを感じます。

一方、自律神経系のうち、背側迷走神経の方は過剰に活動するようになります。
背側迷走神経とは古い迷走神経とも呼ばれ、生命維持活動を最優先する自律神経です。
背側迷走神経が過剰に働くと、胃や腸の活動が盛んになり、胃酸過多になったり蠕動ぜんどう運動が多くなったりするため、腹痛を起こすことがあります。

生命維持に重要でない部位の血流量は減らされるため、手足が冷たくなったり、感覚が麻痺したように感じたりします。
凍りつきやシャットダウンと呼ばれる状態に体が入ってしまうため、脳内では体に何が起きたのか把握できず、絶望感を感じたり体が自分のものではなくなったかのように感じられたりします。

愛着障害かもと思われる方の中には、こういった自律神経系の変調を訴える方が多くいます。
トラウマティック・ストレスの記憶がなくても、神経系にその記憶が残っているために、自律神経失調症状に悩まされたり、思考(認知)がネガティブな方に偏ったりされている方もいます。

愛着障害の治療をお求めの方、自律神経系の症状や認知の偏りでお困りの方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。

まとめ

愛着障害は attachment disorder の訳ですが、日本的な意味での愛着障害とはやや異なります。
attachment disorder は、親しい他者に対して接近しすぎたり、逆に接近しなさすぎたりすることに対して、愛着障害は、情緒的・感情的な結びつきが形成できないことを指す場合が多いです。

日本的な意味での愛着障害は、PTSDの診断に該当します。
虐待やネグレクト、過酷な養育環境に置かれたことでトラウマティック・ストレスを受け、情緒的・感情的な結びつきを他者と確立することができなくなってしまうのです。

PTSDの場合と同じく、愛着障害であっても自律神経系に変調が出る可能性が示唆されます。
腹側迷走神経複合体の機能不全や、背側迷走神経の過活動が症状として出ているかたには、カウンセリングによるアプローチが有効な場合があります。

※1 ジョン・ボウルビィの愛着理論 -その生成過程と現代的意義-(2017), 中野明徳, 別府大学大学院紀要 http://repo.beppu-u.ac.jp/modules/xoonips/download.php/gk01905.pdf?file_id=9031

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