誇大性と特別感への妄想が強く、承認されることを強く求める性格傾向を、自己愛性パーソナリティ障害といいます。
自分の業績や取り組んできたことをことさらに強調し、一方で他人の実績や努力を低く見たり、価値を貶めたりします。
本人が困るというよりも周囲の人や社会を困惑させ、疲弊させ、敬遠されるようになる自己愛性パーソナリティ障害。
自己愛性パーソナリティ障害とはどのような特徴を持ち、どのように成長してきたのか、原因と対策について説明します。
自己愛性パーソナリティ障害とは
自己愛性パーソナリティ障害(Narcissistic Personality Disorder)は、賞賛を欲し、共感性を欠く人格障害です。
現在のアメリカ精神医学会による診断基準では、10種類のパーソナリティ障害のうち、クラスタB「演技的・感情的で移り気なパーソナリティ障害」に分類されています。
誇大性
自分の能力や影響力を過大評価し、他の人にもそう評価するよう強調します。
相手の劣っているところ、至らないところを瞬時に見つけ出し、自分の優れているところ、できているところを大々的に広めます。
「自己を理想的なものと“思い込む”」と言われますが、これは臨床的には正確ではありません。
「自分が理想的なことが“前提”として、話したり行動したりする」のが、自己愛性パーソナリティ障害です。
「自分は理想的なので人には嫌われない」「自分は理想的なのでやることなすこと認められる」「自分は理想的なので立案した作戦は失敗しない」といった言動が表れます。
特別感
「自分は特別であり、オンリーワンである」という認識が強いです。
確かに、一人ひとりの人間は異なり、その誰もが特別なのですが、周囲の人が当人について思っているより、当人が当人について思っている認識の方が非常に強いのが特徴です。
「自分を理解できるのは特別な立場にある人間か、高い地位にある人間だけだ」とも思っており、その信念に合った出来事しか見なかったり、記憶しなかったりします。
他人にも特別扱いすることを求め、周りと同じ扱いや待遇を受けると激しく怒ったり、大いに失望したりします。
賞賛を求める
他者からの注目や賞賛を強く求める性質があり、見られること、優しく友好的に接してもらうこと、肯定的な評価を受けることを欲します。
周囲には理想的な自分を示し続け、他者には賞賛を与え続けてくれる観客でいることを望みます。
賞賛を得られないときには、「見る目がない」「理解しない者たちだ」と他者を見下し、激昂したり復讐したりします。
「自分は賞賛されるべきだ」という認識が前提となっているため、否定や批判に固執し、批判されたところを改めることができません。
自分への否定や批判は「批判者は自分に嫉妬しているから、わざと自分を賞賛しないのだ」と考え、他に賞賛されている人がいればそれに嫉妬します。
共感性のなさ
利己的で搾取的な行動を可能にしているのは、共感性のなさです。
他の人が経験していることを実際に感じることが困難です。
「相手がどう感じるか」が感じられないというより、感じはするもののその感覚が非常に小さく、自分の快不快や損得、合理性などを優先しやすい傾向として表出しやすいようです。
自己愛性パーソナリティ障害の症状
内面の不安定さ
精神医学的な意味での性格とは、内的体験や行動の傾向が状況や相手に関わらず一貫しているもののことを指します。
自己愛性パーソナリティ障害は、一見すると堂々として自信があり、頼もしくすら見えることがありますが、その内面は不安定で傷つきやすく、周りから見えるほどには一貫性がないのが特徴です。
「自分には能力があり、特別で、重要な存在である」という前提の下に考え、行動しますが、ひとたび周囲からそうではない反応や評価を受けると、揺らぎ、傷つき、感情的になります。
確立した自信や自尊心のある人なら、自分を鼓舞したり奮い立たせたりできますが、自己愛性パーソナリティ障害の人は自分に言い聞かせて自分を慰めることができず、他者に認めてもらわないと自分の存在感を確認することができないのです。
ひきこもり
自己の傷つきを経験し続けると、周囲との関わりをやめ、自分の世界に引きこもってしまうことがあります。
何もしないでいれば、「何でもできる」という可能性の中にずっと留まっていることができるからです。
一人でいることを好むスキゾイドパーソナリティと異なり、現実と向き合うことを避け、確固たるものを築いていく機会から自ら遠ざかるのです。
併存疾患
内面の不安定さとそれに伴わない行動や言動を選択してしまうことから、他の精神疾患にかかるリスクが高まります。
特に併存率が高いとされているのが、物質使用障害です。
アルコールやコカインなど、感情の不安定さを抑えるために薬物依存的になります。
気分が高揚すれば現実であった不快なことを一時的に忘れられるため、更に回避的になって、能力を洗練する機会を失っていきます。
自己愛性パーソナリティ障害は性格か
パーソナリティの統合理論である人格適応論では、パーソナリティを6つに分類し、誰でもそのうちの1つ以上のパーソナリティを示すとされています。
自己愛性パーソナリティ障害はその6つには分類されておらず、あくまでも精神疾患、社会生活を送る上での障害となる状態を指したものであるとされます。
人格適応論では、自己愛性パーソナリティ障害の人はパラノ型パーソナリティと反社会性パーソナリティの特徴を兼ね備えているといいます※1。
どちらのパーソナリティにもポジティブな側面とネガティブな側面がありますが、自己愛性パーソナリティ障害はネガティブな側面が優勢になってしまい、ポジティブな側面が塗り潰されているような状態と言えます。
パラノ型パーソナリティ同様、自己愛性パーソナリティ障害の人もまた、規律やルールに厳しいところがあります。
ただ、反社会性パーソナリティの側面も持ち合わせているため、規律やルールを都合よく変えてしまいます。
あるときは、「時間を守れない人間はクズだ」と言い、またあるときは「時間に遅れて来ても他より成果を出す者が優秀だ」と言います。
パラノ型パーソナリティにも反社会性パーソナリティにも共通しているのは、他者をあまり信用せず、自己を優先するスタンスを取る点です。
他者からの高評価は欲しいけれども、信用されたり感謝されたりしないために他者は遠ざかっていくことから、真に欲している親密さは得られないという葛藤を抱えています。
自己愛性パーソナリティ障害の認知
完璧でなければならない be perfect
物事を完璧に成し遂げたとき、過不足なくやり遂げたとき、私たちは達成感を得ます。
「完全であれ」の認知を持った人は、「完璧でなければならない」「完璧でなければ自分はOKでない」と考え、完璧になるよう行動します。
完璧なものほど少しの欠点や遅れによって調和が崩れ、台なしになってしまうリスクをはらんでいます。
当初からそういった欠点や遅れが発生する可能性を見込んでおかない、理想主義的な認知特性が原因なのですが、ひとたび他者にその矛先が向いた場合、執拗に責め立てたり他罰的になったりします。
強くなければならない be strong
感情を表に出す人は子ども扱いされやすく、その感情につけ込まれるような対応もされやすくなります。
強くあれの認知を持った人は、他者が離れていかないよう、本心を顔や言葉に出さないように我慢します。
例えば、嬉しかったり喜んだりすると次はその事柄をダシに何かやっかいなことをやらされそうになってしまうため、内心では嬉しくてもそれを外には出さないようになります。
悲しんだり落胆したりするとより一層嫌がらせをされたりそのことを嘲笑されたりしてしまうため、悲しくても外からそうとは分からないように振る舞います。
ここでいう「強く」は、「辛抱強い」や「我慢強い」といった場合に使われる意味での「強く」です。
近づいてはならない(信頼してはならない)
あまり人と親しくなろうとしなかったり、そもそも友好な関係を築きたがらなかったりする人がいます。
「近づいてはならない」の認知は、こういった行動傾向を持っている人の認知です。
心のどこかで相手を信用できず、会話のときにも自分の話はあまりしなかったり、形式的な情報の共有しかしなかったりします。
親密な関係になった人に対してすら、内心を打ち明けなかったり、「どうせ話しても理解されないだろう」と自己開示することを諦めてしまったりします。
感じてはならない
感覚は主観の最たるものであり、「私にはこう感じられた」という意見は、他の人の「でも私にはこう感じられた」で簡単に覆されてしまいます。
「感じてはならない」「感じるべきではない」の認知を持った人は、可能な限り客観性のあることを言おうとし、その結果、自分の「思ったこと」「感じたこと」をそもそもなかったかのように認知するようになります。
この認知を持った人は自分の身体感覚に注意を向けたり、今どのような感情を抱いているかを言葉にすることがとても苦手です。
一方、相手の感情(愛憎や好悪)を変えたいと思ったときにあらん限りの言葉をつぎ込むため、非常に多弁になったり長文をつづったりします(そして感情とは主観のため、言葉によるアプローチは大抵失敗に終わります)。
自己愛性パーソナリティ障害のカウンセリングでは、「ありのままの自分をさらけ出したら、他人は離れていくのではないか」といった考えと共に生じる感覚(見捨てられ抑うつ)を自覚できるよう取り組んだり、感じたことを養育者に伝えたのに共感されなかった寂しさを共有したりします。
自己愛性パーソナリティ障害の原因
自己愛性パーソナリティ障害となる生物学的・遺伝的要因は特定されておらず、出生後の環境にその原因があるという説が有力です。
パラノ型パーソナリティと反社会性パーソナリティの特徴が見られるように、その育てられ方も双方に似通ったところがあると考えられます。
幼少期、不安定な養育環境にあり、安定した育児を受けられなかった子は、なるべく養育者からポジティブな反応を引き出せるよう、自分からは感情を表出しないようになります。
養育者から一定の支援が受けられるよう、大きくは悲しまず、大きくは喜ばず、抑制の効いた対応を早くから行うのです。
養育者が不安定である一因には、養育者自身のメンタル疾患が考えられます。
養育者が精神的に不安定であると、その育児も安定せず、関わりたいときに関わり、関わりたくないときにはどんなに求めても関わってもらえなくなります。
そこで子どもは注目を集められる確率を最大化すべく、「バカ」「ウンコ」などの過激な言動をとったり、周りがしないような危険な行動に出たりします。
そうして注目を集められる術を覚えた子は、その中でも最もポジティブな反応が引き出せる言動――自分が突出して優れた存在だと誇張し、他人が劣った存在であることを触れ回るようになります。
こうして、実像より大きな存在として注目されることと、「ありのままの自分でいては認めてもらえない」ことを経験した子は、自己愛性パーソナリティ障害に至ると考えられます。
自己愛性パーソナリティ障害は、共感性に関する脳機能が一般的な人より活性化しづらいと言われています。
その中でも、共感性に関与するとされている島という部位の前部(前島)があまり機能しないことが示されています※2。
前島は辺縁系と新皮質をつなぐなどのハブ的な役割を担っており、ここが不活性だと 他者の感情反応を認識できないだけでなく、自分の痛みや嫌悪感も知覚できないとされています。
前島だけでなく、他者の意図や信念の想像(メンタライジング)に関わる前帯状回も、自己愛性パーソナリティ障害の人は特徴的な反応を示すと言われます※3。
自己陶酔性や共感性のなさは、関係初期には魅力的に移り、グループ形成やリーダーシップにプラスに働きますが、その性質は脳機能の違いからくることが明らかになりつつあります。
自己愛性パーソナリティ障害の治療
有効性の確立している自己愛性パーソナリティ障害の治療は、現在までのところありません。
内面に「理想的な誇大的自己」と「実際の自己」との葛藤があるため、こうした葛藤を取り扱う精神力動的心理療法が有効であるという説があります。
自己愛性パーソナリティ障害の治療は、非常にゆっくり進める必要があります。
誇大的自己を作り出した理由が「非力で無力な実際の自分を認めたくなかったから」であり、カウンセリングではまさにその実際の自分を認め、受容していくことになるからです。
急激な治療的変化によって「もう治ったから」と治療を終結させてしまうと、結局は取り組んだ意義がないまま、終結することになります。
メンタライゼーション
精神分析療法由来の心理療法です。
①他者の心理状態をイメージする能力、②自分自身の心理状態をイメージする能力、③外界現実と心の状態を区別する能力、の3つを主要な能力と捉え、その能力獲得によって自他の精神状態に気を配れるようになることを目指します。
転移焦点化精神療法
精神分析療法由来の心理療法です。
抑圧や反動形成といった自身のとりやすい防衛機制を理解し、別の防衛機制をとれるようになることで苦痛を緩和しながら外の世界とも調和を保っていくことを目指します。
まとめ
自己愛性パーソナリティ障害は誇大性と共感性のなさを特徴とし、実際よりも自分を大きく見せたり、重要で特別であることを前提に物事を進めたりします。
境界性パーソナリティ障害が「他者観の不安定さ」を主とする障害だとすれば、自己愛性パーソナリティ障害は「自己観の不安定さ」が主症状とする障害と言えるでしょう。
自己愛性パーソナリティ障害の原因は、成育環境が不安定で、一定の関わりが養育者からもたらされなかったためだとする説があります。
養育者からの注目を最大化するために自己を誇張したり、他の価値を引き下げたりするような言動を用いるようになったと考えられます。
自己観の不安定な自己愛性パーソナリティ障害には、脆い自己を受容する場が必要になるでしょう。
また、傷つきやすさの根底には愛着障害や愛着トラウマ、複雑性PTSDなどのトラウマティックストレスが潜んでいる場合もあり、注意が必要です。
幼少期のトラウマ記憶にお困りの際は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。
※1 交流分析による人格適応論, ヴァン・ジョインズ, イアン・スチュアート, 2007
※2 自己愛的自己とその心理的・神経的相関 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21144117/
※3 ナルシストの社会的苦痛は脳内にのみ存在する https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24860084/
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