精神状態は身体状態に左右されます。
「なぜあの人みたいにポジティブに考えられないんだろう」「なぜ私はいつもイライラしてしまうんだろう」と悩んでいる方の中には、身体状態を整えられていないことが原因の場合があります。
生命維持に欠かせない自律神経系と、認知との関係について説明します。
認知とは
認知(cognition)は、様々な状況や文脈で用いられる単語です。
代表的なものでは、
などがあります。
ここでは、3.の意味での認知を取り扱います。
自律神経の状態によって認知も変わる
ポリヴェーガル理論によると、自律神経系の状態は大別して3種類あるとされています。
その3つとは、交感神経、背側迷走神経、腹側迷走神経です。
安定的な状態にあるときは腹側迷走神経優位ですが、脅威に直面したりストレス負荷がかかったりすると、交感神経優位になったり、背側迷走神経優位になったりします。
交感神経優位になると、心拍が増加し、全身の血流量が多くなります。
頭の回転も速くなったように感じ、「自分はすごい人間だ」「天才ではないか」といった自信に満ちた思考も出やすくなります。
他者よりも自分を優先するようになり、人を押しのけたりぶつかったり、自己主張が多くなったりすることもあります。
血流量の増加から瞳孔も大きく開き、顔も上気します。
アドレナリンやノルアドレナリンの分泌量も増えるため、怒りっぽくなり、多少の痛みや空腹感は感じなくなります。
可動的になり、「すぐ動かなきゃ大変なことになるぞ」「とにかくこんなことしていられない」「何でみんなこんなことも分からないんだ」「自分が正さないといけない」と駆り立てられたような思考も浮かびやすくなります。
ストレスホルモンであるコルチゾールも増加し、覚醒度が高まります。
眠気がなくなるといえば聞こえはいいですが、コルチゾールが産生され続けると記憶を司る海馬の働きにブレーキがかかり、新しい情報を記憶しづらくなったり、大雑把な記憶から短絡的な判断や言動しか出てこなくなったりします。
一方、背側迷走神経優位になると、心拍は遅くなり、血圧と血流量が低下します。
脳にも血液がいき渡らなくなり、「頭が働かない」「頭が真っ白だ」といった思考に陥ります。
手足も冷たくなり、感覚が麻痺してきて、「寂しい」「孤独だ」「誰も助けてなどくれない」と絶望的な気分になります。
血流は横隔膜より下、胃や腸に集中するようになるため、こちらは過活動を起こすようになります。
胃酸過多で胃痛が起こり、下痢になって腹痛が引き起こされます。
こういった痛みが更に絶望感に拍車をかけ、「つらい」「苦しい」「何でこんな目に遭わなきゃいけないんだ」といった思考が支配的になります。
神経伝達物質の一つであるアセチルコリンが作用し、筋肉が弛緩して手足に力が入りづらくなります。
手足の冷たくなる感覚と相まって、自分の体が自分のものでないような感覚(離人感・解離)が生じます。
一説には、急激な背側迷走神経優位への移行から身体感覚を取り戻すために、リストカットや壁に頭を打ちつけるなどの自傷行為が生じると言われます。
腹側迷走神経優位状態は、他者交流・向社会的な状態です。
心拍は適度な速度を保ち、呼吸も整います。
「落ち着いている」「安心している」といった思考や感覚を実感でき、喉や口の周りの神経も活性化するため、喉が開いてのびのびとした声になり、顔全体の表情も豊かになって、好印象を残しやすくなります。
腹側迷走神経が優位になると、オキシトシンというホルモンが産生されます。
オキシトシンは精神的な安らぎを感じたときに産生され、人間やペットとスキンシップをとったり、ポジティブな注意を向けられたりすると増加するといわれています。
そのため、オキシトシンが腹側迷走神経優位に切り替わるスイッチにもなるのです。
乱暴な言葉が飛び交う場所でも平気なのはなぜか
世の中には、公共の場では考えられないくらい乱暴な言葉遣いや怒声、大声でのやりとりが日常的に交わされている場所がいくつかあります。
「こんな場所で平気でいられるのはなぜだろう」「自分だったら身がすくんで動けなくなってしまうのに」と感じた方もいるかもしれません。
怒声ととられるような大声が飛び交う場所でも平然と過ごせる理由も、この自律神経の状態から考えると難なく理解できます。
そのポイントは、交感神経と腹側迷走神経です。
乱暴な言葉が飛び交う職場
料理店の厨房、新聞社のデスク、救命救急外来、かつての証券取引所など、緊急性が高く秒刻みの判断と行動が求められる場所では、自然と声量も大きくなり、語気も荒くなります。
こういった職場では、感情的であるか否かにかかわらず感情的に聞こえるような発言が飛び交いますし、少し感情的になっただけでも怒ったように聞こえます。
大声を出しアドレナリンやドーパミンが出ている状態は、交感神経優位の状態を引き起こします。
ただし、闘争も辞さない交感神経優位状態と異なるのは、同時に腹側迷走神経も働かせているという点です。
腹側迷走神経優位のときに産生されるオキシトシンが出ることで、可動化状態でありながら向社会的な行動もとれることが、このような場所にい続けることを可能にしています。
つまり、その場にいてもいいと安心し、安らぎを感じながら、周りと同じ交感神経優位状態になることで一体感を感じ、より一層安心感を感じているからこそ、大声が飛び交う職場でも平気でいられるのです。
もしその場で、周囲と同じ行動がとれず、「場違いだ」「こんな風にはできない」と考えてしまったら、たちまち凍りつきを起こし、硬直してしまうことでしょう。
乱暴な言葉が飛び交う試合
スポーツの試合中にも、大声で指示を出し合ったり、スラングが飛び交ったりします。
言い方や内容を真に受けていたら、こちらも気が滅入ってしまいそうなものですが、選手たちは平然と試合できています。
これも、交感神経と腹側迷走神経が同時に活性化していることでなせる業です。
ボクシングで互いに打ち合ったり、サッカーやバスケで一進一退の攻防を続けたり、陸上で熾烈なデットヒートを繰り広げたりするとき、交感神経と腹側迷走神経は同時に活性化しています。
特にスポーツの例ですと、同時に活性化させる条件が分かりやすいかと思われます。
それは、発声したり笑顔になったりというように、少しだけ余裕を表出することです。
交感神経優位状態だと、筋力や瞬発力は一時的に高まりますが、ヤジに反応しやすくなったり、挑発に乗りやすくなったり、筋肉や腱が固まって柔軟性が失われたりします。
余裕を表現することで腹側迷走神経も活性化し、本来のパフォーマンスを発揮しやすくなります。
「笑顔で走ると100m走のタイムが上がる」というのも、この一例です。
スポーツ選手も先のビジネスパーソン同様、交感神経と腹側迷走神経を同時に働かせていることで、ヤジやブーイング、挑発にも平然としていられます。
むしろ、安全安心に慣れきって交感神経優位の方になかなか入れない選手は、対戦相手を挑発したり、威嚇的に大声を出したり、わざと相手を怒らせ、怒った相手を見ることで自分自身を興奮させたりしているものと考えられます。
認知の根底にある自律神経
物事の捉え方を変えたいと思っている人は多くいますが、自律神経の状態のことを知らないまま、無理な変容を試みて失敗する人もまた多いです。
認知再構成法やアサーショントレーニング、メディテーションなどの手法も、自律神経系の特徴さえ知っていれば、スムーズに行える場合があります。
認知再構成法では、「自分はなんてダメなんだ」という認知を「ダメなところもあるが全てではない」といった適応的な認知に変えることを目指します。
これも、最初の認知が背側迷走神経優位のときの認知なのに対し、カウンセリングルームの中では腹側迷走神経優位になっているとしたら、どんなに室内で変容しても、一歩出たらまた元の認知に戻ってしまうことでしょう。
アサーショントレーニングでは、「つべこべ言わずいいからやれ」といった攻撃的な言い方を「お忙しいとは思いますが、緊急性が高いのでなるはやでお願いします」といった自己主張的な言い方に変容することを目指します。
ただ、アグレッシブな言い方のときは交感神経優位のことがほとんどですので、アサーティブな言い方を学んでも、そもそも交感神経優位になりやすい傾向の方から取り組まなければうまくいかず、次第にトレーニングに嫌気がさしてしまうのは想像に難くありません。
当オフィスでは、相談内容だけでなく、その話し方や態度、困りごとの状況などから自律神経の状態を予測し、その状態に適した治療をご提案させていただいております。
意識下(無意識領域)から治療することをご希望の方は、ぜひ一度ご相談いただければと思います。
まとめ
自律神経系の状態によって、知覚した物事の捉え方が変わります。
交感神経優位のときには、外界を脅威とみなし、攻撃的・批判的と捉えるため、自身も攻撃的になったり威圧的な言動が増えたりします。
背側迷走神経優位のときもまた、外界を脅威とみなしますが、それは対処可能な脅威ではなく、どうあがいても対処できない、災害のような脅威とみなします。
生命維持を優先するため不動化に入り、悲観的で絶望的な捉え方になり、他者と世界に絶望したような言動が増加します。
腹側迷走神経優位のときには、友好的で他者尊重的、社会関与的な行動が増え、物事の捉え方もそうしやすいような考えに変化します。
安全安心を感じたときに産生されるオキシトシンも増え、これを産生しながら交感神経や背側迷走神経も同時に働かせることができれば、ストレスフルな職場や状況でも適応することができます。
自律神経系の状態に反した認知をしようとしても、なかなかうまくいきません。
自律神経系の状態から変えたい方、適応できる場面を増やしていきたい方は、カウンセリングルームにご相談ください。
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