「引きこもりなんて世間から逃げてるだけ。誰でもできる」と思われやすい反面、実際に引きこもった人からは「つらかった。やりたくなかった」という声も聞かれます。
社会生活から遠ざかるということは実は簡単なことではなく、向いている人もいれば不向きな人もいます。
引きこもりに向いているパーソナリティ(性格)というものがあり、そのパーソナリティでない人が引きこもると、ストレスの捌け口がなかったり、他者からの承認が得られなかったりして、更にストレスを溜める悪循環に陥ります。
引きこもりのネット依存・ゲーム依存や家庭内暴力などの問題も、引きこもりに向いていない人がものの弾みで引きこもった結果起こったもの、という見方もできます。
引きこもりに向いている人の心理と思考、傾向と対策について説明します。
引きこもり向きの人の特徴
一人で仕事することを好む
引きこもりに向いている人は、多人数と関わらねばならない状況にストレスを感じ、他方、一人でいることがあまりストレスになりません。
大勢のいるパーティやミーティングには魅力を感じず、少数と話したり一人で作業したりすることを好みます。
ただ一人でいたがるだけでなく、一人で何かを作り上げたり、作業を完了させたりすることに達成感を感じます。
大勢で成し遂げることが嫌いというわけではありませんが、他の人が手を入れたものより自分一人で完成させたものの方がより自分の表現したかったものとして純度が高いため、価値があると考えます。
ただ何もせず一人でいたがったり、社交の場を避けたがったりする人は、引きこもりに向いているとは言えません。
そういった人は対人関係に疲れていたり、特定の他者から虐げられたりして一時的に社会生活から距離をとりたいだけであり、回復した暁には再び社会生活に戻った方が良いと考えられます。
創造的な思索家で、探求を楽しむ
一人でいるだけで飲食や購買などの消費行動をしているだけでは、そのうち終わりを迎えます。
飲食はいずれ飽きたり満腹になったりしますし、金銭を使う活動は資金が尽きてしまえばやることができなくなります。
引きこもりに向いている人は、自分の中から空想を創り出したり、ものを執筆したり描画したりして生産活動によって自己充足を試みます。
数学や物理学などの学問に没頭し、真理を探求することで喜びや達成感を得る人もいます。
ただ、現代ではネットが普及し、一生かけても知り尽くせないほどの情報に簡単にアクセスできるようになったため、ネットサーフィンによって探求心を充足させ続けてしまう事態には注意が必要です。
思索にふけっている最中はぼーっとして見えたり、注意が散漫になっているように見えたりすることもあります。
禁欲的で我慢強い
人と関わらず引きこもるということは、自然と禁欲的であることが求められます。
自分の欲求を誰かが満たしてくれることは期待できず、ほぼ全てのことを自分一人で充足させなければならないため、欲求が生じるたびに我慢しているようでは、精神的に消耗していってしまうからです。
一部では「引きこもりは自己愛が強く承認欲求も強いが、それが外界で満たされず傷ついたために引きこもっている」という言説もありますが、これはむしろ引きこもりに向いていない人の特徴といえます。
社会生活で傷ついたのであれば、再び社会生活で認められたり自信をつけたりしなければならず、引きこもっていてはいつまで経っても自己愛や承認欲求は充足しないからです。
引きこもりに向いている人は、他者からの承認もそれほど必要とせず、自己愛が傷つくのも他者によってではなく自分の実力不足や見落としなどによる場合が多いでしょう。
こういった特徴から、内向的な人の中でも特に際立った特徴を持った人が、引きこもりに向いているといえます。
心優しく、思いやりがある
引きこもりに向いている人も全く人と接触しないことはできず、ごく少数の人と交流しながら生活していくことがほとんどです。
交流する少人数から関係を絶たれては生存を脅かされてしまうので、その人たちと円滑にコミュニケーションするために、優しく思いやりのある行動がとれることが求められます。
また、引きこもりに向いている人は繊細で傷つきやすい内面を持っていることも多いため、他者から攻撃されたり不快にさせたりしないように、人に優しく接する傾向があります。
引きこもっているときにかんしゃくを起こしたり、ネットゲームや身の回りのものに攻撃的になったりする人は、引きこもりに向いておらず、引きこもり生活そのものがストレスになっていると考えられます。
流行にとらわれない風変わりな服装
外部の価値基準よりも自分の価値基準に重きを置く人は、服装や髪型も見た目より自分がどう感じるかを重視する傾向にあります。
肌触りの良いものや締めつけのゆるいもの、自分の価値観でオシャレだと思えるものを選ぶ人の方が、引きこもってもストレスフリーで生活できるようです。
服の色は、もっぱら黒を好みます。
これは、黒服が見る人に拒絶と排他の印象を与えること、色を多用すればするほど服装全体の調和をとることが難しくなるため、単色でも調和のとれやすい黒を選ぶことなどから選んでいると思われます。
服装以外でも、人と関わらない、組織にも所属しないという世間から見たら一風変わった生き方をしてもストレスに感じない性質が、引きこもる人には必要です。
世間や近所の目が気になったり、同年代がどんな仕事をしているかとかどんな生活を送っているかとかを気にしたりしてしまう人は、引きこもってもかえって葛藤を抱えてしまい、ストレスが増大してしまうでしょう。
引きこもり向きの人の困りごと
考えを行動に移せなくなる
社会交流から遠ざかると外部からの刺激が少なくなり、自分の考えだけで物事を完結させてしまいやすくなります。
しかし、想像や理論が現実に即しているかは、実際に試したり人と話して吟味検討したりしないと分かりません。
自分の中だけで考えを完結させてしまうと、次第にその考えを現実場面での行動に移すことができなくなってしまいます。
「分かっちゃいるけど(自己完結させることを)やめられない」と抜き差しできない状態で固定してしまい、「行動したら完全性が崩れてしまうが、行動しないと完全かどうか分からない」と行き詰まってしまうのです。
疲労感
社交の場から離れたり遠ざかったりしがちな引きこもり向きの人は、相手の方から近づいてきてほしかったり、近づかないまま物事に対処してほしかったりします。
自分から能動的に動くより受け身でいる方が、こころもからだも身構えているために疲れてしまうので、そうした疲労感を和らげたくて相談に来られる方もいます。
元々人に頼ったり困りごとを打ち明けたりすることに抵抗がある人が多いため、困りごとの相談に来ることは他のパーソナリティの人より多大な心的負荷をかけながら訪れているという場合が多いです。
疲労感が体にまで出てしまい、ストレス性の胃痛や腹痛、頭痛や肩こりといったストレス性疾患の治療に訪れることも少なくありません。
引きこもる
一人でいることに苦痛を感じず、一人でいた方が創作や研究に没頭できると考えている人は、当然ながら世間や社会から引きこもります。
最小限の人間関係は維持しながら引きこもれれば良いのですが、全く交流しなくなってしまっては生命活動を維持することも難しくなってしまい、最終的には狂気に走るか命を絶つかしかなくなってしまいます。
特に、メンタルの状態が悪化し、希死念慮や自殺企図、他害の考えが頭に浮かぶようになったときには、引きこもっていることが大きな足枷になります。
まずは精神状態を安定させ、その後に社会活動への動機づけと、摩擦係数の少ない人間関係の構築を目指すことが必要です。
ここで挙げたような特徴を備えた性格をスキゾイドパーソナリティといいます※1。
スキゾイドパーソナリティの認知
強くなければならない be strong
子どもは言語が未発達のため感情的になるより他に表現するすべを知りませんが、乳幼児期に感情的になっても何の反応も対応もされなかったときには、その後も感情表現すること自体を抑制します。
強くあれの認知を持った人は、感情表現以外の表現方法を身につけた後も、感じたことを顔や言葉に出さないよう我慢するようになります。
ここでの「強く」は、「辛抱強い」や「我慢強い」という意味での「強く」です。
どうしようもなくなるまでは自分の感情や欲求に目を向けず、しかし人からも「感情や欲求がない」と扱われることは、不満に感じる場合もあります。
感じてはならない
「感じてはならない」「感じるべきではない」の認知を持った人は、自分の「思ったこと」「感じたこと」をそもそもなかったかのように認知します。
この認知を持った人は、今どんな感情を抱いているか言葉にすることが苦手だったり、自分の身体感覚に注意を向けることができなかったりします。
自分の知的探究心のまま行動したり、創作意欲の赴くままに創作したりするときには、しばしば自分の感情や欲求は邪魔になることがあります。
「寝食を忘れて」取り組んだり、没頭したりするときがそれです。
これは「感じてはならない」の認知によってそう行動している場合もあれば、自閉症スペクトラム障害をはじめとする発達障害によって、そもそも感覚神経がにぶい場合もあります。
知る満足を与えてはならない
スキゾイドパーソナリティの人は知ることを楽しみ、知った瞬間に最高度の喜びと達成感を得ます。
科学や哲学、宗教といった世界と人生の根本的な問いを突き詰めて解き明かそうとするため、そういった事柄を明らかにしたり理解したりすることに情熱を傾けます。
反対に、自分が探し求めた結果として得られたはずの「答え」や「真理」を人から与えられてしまうと、解き明かした満足感を得られなくなってしまうため、ひどく落胆します。
映画の結末を先に知ってしまう、推理小説の犯人を聞いてしまうといったことがあると、得られたはずの達成感や満足感が奪われたように感じてしまい、それまで意欲的にやってきたことをやめてしまったり、更に人との交流から遠ざかったりします。
そこで、自分がそうされたら嫌なように、自分の欲求や気持ちを人には打ち明けないようになります。
人が知りたがっているものを安易に教えたり知らせたりしてはいけないと考え、相手が知りたがっているかどうかに関わらず自分の感情や思いを話さないようになるのです。
「私はあなたの気持ちを簡単には知れないのだから、私の気持ちも簡単には教えない」と決断し、口を閉ざしている場合もあります。
なかなか自分の主観や感想を言わない、集団の中にあっても自己開示しない人は、こういった認知を持っていることがあります。
スキゾイドパーソナリティの原因
スキゾイドパーソナリティとなる生物学的・遺伝的要因は特定されておらず、出生後の生育歴にその原因があるという説が有力です。
統合失調症に関連した遺伝子を持っているという説もありますが、統合失調症を発症した人のパーソナリティが統合失調質や統合失調型かというとそうではないため、決定因ではないと考えられます。
スキゾイドパーソナリティの人は、乳幼児期にうけた養育環境が不安定であり、養育者からネグレクトを受けたり、あやふやに接されてきたりしたとされます。
世話をしてくれる人が接近していいのか離れていいのか分からず、戸惑ったまま接するために、子どもの方としても要求していいのかいけないのか、感情を表現したら余計戸惑わせてしまうのか要求を聞いてくれるのか、分からなくなります。
結果、強い欲求なしで現状を乗り切ろうとし、現実で満たされない欲求については、空想を代用するようになります。
こういった養育環境で過ごすことで、遅くとも1歳半までにはスキゾイドパーソナリティが形成されるといわれています。
他にも、内向的な人がそうであるように、ドーパミンの低い閾値が関与している説や、自閉症スペクトラム障害に関連する遺伝子が関与している説などがあります。
スキゾイドパーソナリティ障害
スキゾイドパーソナリティのネガティブな側面が強調され、自分や他者の生活を著しく障害する場合、統合失調質パーソナリティ障害という診断になります。
うつ病に罹患しやすいとされ、認知行動療法やソーシャルスキルトレーニング(SST)が有効とされています。
スキゾイドに対応するには
スキゾイドパーソナリティの人は自己開示しないために誤解を受けたり、受動的な態度から悪印象を持たれたりすることがあります。
一方、優しく繊細さを持っていることから疲れやすかったり、傷つけられてしまったりする場合もあります。
そんなスキゾイドパーソナリティへの対応を3つご紹介します。
欲求を口にする
乳幼児期に欲求を全身で表現しても応えてもらえなかったスキゾイドパーソナリティの人は、学習性無力感から欲求を表出することをやめ、「誰も私の望むものを与えてはくれない」と考えて、心を閉ざすようになります。
この考えに対抗するには、いま改めて欲求や感情を口に出し、それに周囲が応えてくれる体験をすることが最も効果的です。
相手が応えてくれそうか否かに関わらず、「〇〇したい」「〇〇が欲しい」と言ってみること、そしてその欲求を満たすためには人と協力する必要があると経験することで、「欲しいものは欲しいと言っていい。妥協しなくていい」という認知に修正していくことができます。
周囲の人は、スキゾイドパーソナリティの人の要求やSOSを「待っている」「期待している」と伝え、表現したことそれ自体を歓迎する態度が重要です。
アイ・メッセージを使う
「私は〜と感じる(思う)」という表現をアイ・メッセージといいます。
一方、「あなたは〜だ」という表現をユー・メッセージといい、ユー・メッセージを使いがちな状況でアイ・メッセージを使うことで、適切に自分の感情と求めていることを伝えることができ、人との摩擦や衝突を回避することができます。
スキゾイドパーソナリティの人は、自分のことを「これ」と呼んだり、自分の考えや感情を「それ」と言ったりして、感情や欲求から距離をとろうとします。
意識的にアイ・メッセージを使うようになると、自分の感情や欲求のエネルギーを自分のものとして認識できるようになり、主体性や能動性を獲得していくことができます。
背筋を正す
スキゾイドパーソナリティの人は両手足が細く、肩から先や股関節から下にエネルギーが流れていないような体つきをしていることが多いです。
姿勢は猫背で前傾しており、また目がうつろだったり顔の表情がなかったりする人もよく見られます。
坐位や立位のときに姿勢を正し、まっすぐ前を見るようにすると、活力が体に戻って来、元気になったり自己主張できたりするようになります。
足の裏をしっかりと床につけ、二本の足で体を支えている感覚を実感することでも、同様の変化が得られます。
まとめ
世間や対人関係から引きこもるのにも向き不向きがあり、比較的向いている人の性格(人格)をスキゾイドパーソナリティといいます。
スキゾイドパーソナリティは、少人数や一人を好み、空想を楽しみ、創造的で知的探求を好む性格です。
スキゾイドパーソナリティの人は、「強くあれ」や「感じてはならない」、「知る満足を人に易々と与えてはならない」といった認知を持っており、それが対話の中で自己表現したり、自己開示したりすることの妨げになっていることがあります。
この認知は、乳幼児期にネグレクトを受けたり、感情的に要求しても応えてもらえなかったりしたことから形成したものと考えられます。
スキゾイドパーソナリティの人は、幼い頃からの習慣を手放し、欲求を口にしたり、アイ・メッセージを使ってみたりすることで、苦痛や葛藤から解放されます。
他者を頼ることの苦手さなどからうつに罹患することも多いため、一人で治療や変化に取り組むことが困難だと感じる方、スキゾイドパーソナリティの人の対応に苦慮している方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。
※1 交流分析による人格適応論, ヴァン・ジョインズ, イアン・スチュアート, 2007
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