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適応障害とうつ病の違い -見分け方からセルフチェックする方法-

適応障害は、うつと混同されやすいストレス関連障害です。
主な精神症状が抑うつ気分と不安感のこともあり、症状からどちらかを判断することは極めて困難です。

かつては皇后雅子様、最近では声優の高野麻里佳さんが発症し、その病名を目にした人がいるかもしれません。
うつと適応障害はどこが違うのか、対処や治療法に違いはあるかなどについて説明します。

うつ病と適応障害の定義

まず、うつと適応障害の診断基準を挙げます。
「似ている」ということだけ押さえてもらえれば、ここは読み飛ばしていただいても構いません。

大うつ病性障害の診断基準(ICD-11)
  1. 単発性うつ病は、過去にうつ病エピソードの既往がなく、1回のうつ病エピソードの存在または既往によって特徴づけられる
  2. うつ病エピソードは、集中困難、無価値感または過度または不適切な罪悪感、絶望、死または自殺の反復的思考、食欲または睡眠の変化、精神運動性の興奮または遅延、エネルギーまたは疲労の減少などの他の症状を伴う、少なくとも2週間ほぼ毎日起こる抑うつ気分または活動への関心の低下により特徴づけられる
  3. 双極性障害の存在を示すような躁病、軽躁病、または混合病期のエピソードは過去に一度もない
適応障害の診断基準(ICD-11)
  1. 特定可能な心理社会的ストレッサーまたは複数のストレッサー(離婚、病気または障害、社会経済的問題、自宅または職場での葛藤など)への不適応な反応であり、通常、ストレッサーから1か月以内に現れる
  2. 適応障害は、過度の心配、ストレス要因に関する繰り返し起こる苦痛な思考、またはその影響に関する絶え間ない反すうなど、ストレス要因またはその結果へのとらわれ、および個人、家族、社会、教育、職業またはその他の重要な領域の機能に著しい障害を引き起こすストレス要因への適応の失敗によって特徴づけられる
  3. 症状は別の精神障害(気分障害、特に別のストレス関連障害など)によってはよりよく説明されず、通常6か月以内に解決する

うつ病と適応障害の違い

うつ(大うつ病性障害)と適応障害の大きな違いは、次の2点です。

  • 大うつ病性障害は遺伝性の疾患
    適応障害は非遺伝性の疾患
  • 大うつ病性障害は状況に適応しようとしなくても発症する
    適応障害は1回以上適応しようとした結果発症する

どういうことか、それぞれ見ていきましょう。

うつ病は遺伝性、適応障害は非遺伝性

うつが脳の疾患ということが知られるようになって久しいですが、その歴史の中でどうやらうつは遺伝的な傾向(脆弱性)があり、うつを発症しやすい人はその傾向を子に引き継いでいるようだ、ということが分かってきました。
このような経緯は、双極性障害(躁うつ病)のときと同様です。

メンタル疾患の診断基準が定められた当初、うつ病も躁うつ病も表れている症状によって診断が行われ、うつ病には抗うつ薬が、躁うつ病には躁うつ病治療薬がそれぞれ処方されていました。
それが、遺伝子解析や分子生物学が進むにつれ、躁うつ病というのは、どちらかと言うと統合失調症のような遺伝性の精神疾患に近いことが明らかになっていきました。

うつ病もまた、同様の経緯を辿っています。
診断基準が改訂されるに従い、うつ病も双極性障害に近しい遺伝性の精神疾患に分類される傾向が強くなってきました※1

将来的には、遺伝子検査によって診断が行われ、それに沿った薬の処方が行われるようになるでしょう。
こういった情報を医療機関や厚労省が積極的に発信しないのは、「うつ状態には抗うつ薬」の図式を維持した方が抗うつ薬を引き続き無制限に販売し続けられるからです。

適応の失敗を経験しているのが適応障害の特徴

2018年にWHOから発行された診断基準であるICD-11では、うつと適応障害の違いがより明確に記述されています※2
適応障害の診断基準に適応の失敗・・・・・があることが明記されたのです。
例えば、業務手順を知っている人が誰もいないところに配属され、自分なりに調べたり別の担当者に訊いたりしたけれど行き詰まった、といった体験が、適応の失敗に当たります。

これは、うつ病が特に外的なきっかけを必要とせず、徐々に気分が沈んでいったり、死にたくなったりすることとの差別化だと考えられます。
適応の失敗の有無は、うつ病だけでなく双極性障害(躁うつ病)との区別にも重要ですので、心療内科や精神科に受診した際には「ストレス状況に適応しようとしたか」「落ち込みや立ち直りに周期性はあるか」は必ず伝えるようにしましょう。

うつ病と適応障害の違いに関する誤解

ここからは、うつと適応障害の違いについて、よくある誤解を紹介します。

× 抑うつ気分が重度なのがうつ病、軽度なのが適応障害

古い診断基準による誤解です。
確かに、適応障害の診断基準に「(ストレスから離れると)6か月以内に症状は消失する」とあり、うつ病にはそれがないことから、重度がうつ病、軽度が適応障害と考えられていたことがありました。

ただ、抑うつ気分が酷いかどうかについて診断基準が言及したことはありません。
また、6か月以内に消失したから軽度、6か月以上続いたら重度というのも「重度-軽度」と「長期-短期」の混同でしょう。
気分の落ち込み具合でうつ病か適応障害か自己診断するのはやめましょう

× 原因がはっきりしないのがうつ病、はっきりしているのが適応障害

確かに、適応障害の場合は発症の原因となったストレッサーが比較的明確です。
ただ、ストレッサーが複数あれば特にどれがというのは分かりにくいですし、複合ストレスによる合算ということもあります。

うつ病にしても、発症の原因が「ない場合もある」だけで、ある場合も当然あります。
自分が原因だと思った出来事より遥か昔からストレスにさらされており、その頃からうつ病だったというケースもあります。
相談機関に行った際には、ストレッサーと思われるものはあらかた伝えるようにしましょう。

× 薬が効くのがうつ病、効かないのが適応障害

これは半分は正しいですが、半分は間違っています。
遺伝的にうつ病を発症しやすい因子を持っており、その人がうつ状態を呈している場合は、抗うつ薬が効きやすいことは確かに報告されています。
この点だけ見れば、「薬が効いたのだからうつ病だろう」は、およそ真です。

ただ、臨床現場で起こっていることは逆です。
まず抗うつ薬を処方し、効いたようならうつ病、効いていないようなら適応障害と見做しています。
つまり、診断→治療ではなく、治療→診断としているわけです。
これ自体は、全くおかしな診断手順というわけでもありません(操作的診断)

問題は3つです。 1つは、処方前に診断しようという動機が低下し、原因があるのかどうか、遺伝的にうつ病の人がいるかどうかを大して確認せず、「とりあえず・まず薬」で済ませようとする傾向が強まることです。
その結果、服薬による有害事象(副作用)は増え、医療機関にはそれをなだめるノウハウばかり蓄積され、今度は本来抗うつ薬で治ったであろう人が、治療から離脱しやすくなってしまいます。

もう1つは、薬を飲みたがらない人は自動的に適応障害の診断になってしまうことです。
この人たちは、本当に適応障害なのか、それとも薬を飲みたがらないだけで、本当は薬で治るかもしれないうつ病なのか不明のまま、ダラダラと治療を続けることになってしまうかもしれません。

更に、医師から「うつ病です」と言われた人も「適応障害です」と言われた人も、厚労省へは皆「うつ病(うつ状態)」と報告されているのも問題です。
これは、保険診療では「うつ病(うつ状態)」なら取れる加算が、「適応障害」では取れないからです。
断言してもいいですが、精神科・心療内科を受診した人はカルテ上は全て「うつ病(うつ状態)」の診断がついることでしょう。

カルテ上の診断名なら、患者にはそれほど実害は出ないかもしれません。
それでも、加算がつくということで診察料はその分だけ増えますし、何より厚労省がうつ病と適応障害の人数を正確に把握できていないのは問題です。
加算のシステムから見直さなければ、診断→治療の原則は守られず、日本でのうつ病治療や適応障害治療は洗練化しないことでしょう。

× ストレッサーから離れても軽快しないのがうつ病、軽快するのが適応障害

全く間違った判別方法です。
まず、どんな精神疾患でもストレッサーから離れれば軽くはなります
特に精神症状に顕著ですが、ストレッサーから離れても全く気が楽にならないことはあり得ません。

一方で、離れたことで気は楽になっても、身体症状や行動上の問題が起きなくなるかというと、それも違います。
離れたことで考える時間が増え、より身体化することもあれば、落ち込みから転じて怒りが湧いてくることもあります。
これはうつ病でも適応障害でも起こり得る反応なので、離れてみてどうかは診断材料にはなりません

× 攻撃的にならないのがうつ病、なるのが適応障害

適応障害の診断基準に「問題行動が出現する場合もある」と記載されていることから生じた誤解です。
前提として、精神負荷がかかれば攻撃的になることも、社会的に望ましくない行動に出ることもありますので、うつ病でも適応障害でも、何の精神疾患でもない人でも起こり得る正常反応です。

適応障害を説明する上で殊更に問題行動(飲酒、危険運転、喧嘩、遅刻など)を強調し、うつ病の人にはそれらがないと言う医療機関もありますが、そんなことはありません。
例えば、あるうつ病の人は会社や両親の前では全く問題行動をとりませんでしたが、心を許した交際相手には暴行したり、暴言を吐いたりしていました。
攻撃性の有無で診断することは不可能です。

もう1つ大きな問題は、それ以外の精神疾患の見落としです。
代表的なところでは、双極性障害(躁うつ病)があります。

先に挙げた問題行動を受けてすぐに疑われる精神疾患の一つですが、「私は適応障害のはずだから薬は第一選択ではない」という先入観を持ってしまうと、双極性障害治療薬を使うことにも抵抗が生じ、更に社会的な問題へと発展しかねません。
やはり、問題行動の有無だけで診断や治療法まで決めるべきではないでしょう。

× 罪悪感があるのがうつ病、ないのが適応障害

欠勤したり手助けされたりしたことに罪悪感が生じるかで判別しようとする向きもあるようですが、診断とは無関係です。
「何に対しても罪悪感を抱き、落ち込みを自己生成しているように見える」という、うつ病患者に対する医療者のイメージの話でしょう。
適応障害であっても、罪悪感は生じます

先のイメージと合致するうつ病をメランコリー型うつ病といい、それのみを真の・・うつ病としたがる、うつ病原理主義・・・・・・・のような医療者は、確かに存在します。
個人的な信条は大いに結構ですが、それで適切な治療を提供されず、適応障害として説教などされた日には患者としてはたまりません。

感情の有無や多寡で疾患の判別はできません。

× 脳の疾患なのがうつ病、ストレスの疾患なのが適応障害

まず、どちらも脳の疾患なので、この判別方法の意味から分からないかと思います。
これを説明するには、かつて精神疾患を「外因性」「内因性」「心因性」に分類していた時代のことから説明する必要があります。

外因性とは、頭を打ったとか、脳の手術をしたとかによって発症したもの、内因性とは、遺伝子や分子構造レベルでの異常で発症したもの、心因性とは、長時間労働や叱責といった精神負荷によって発症したもの、という意味です。
ストレス性胃炎やストレスによる突発性難聴などが、心因性になります。

1980年にアメリカ精神医学会の発行した診断基準(DSM-Ⅲ)以降は、日本もそれに追随したため、この分類は廃れました。
あえてこの分類を適用すれば、うつ病は内因性、適応障害は心因性となります。
胃という臓器に症状が出ることをストレス性胃炎、耳という部位に症状が出ることをストレス性の難聴というのであれば、脳という臓器に症状が出るのが適応障害で間違いありません。

ただ、50年前ならいざ知らず、脳波検査もfMRIも発達した現代において、脳かストレスかで病名を診断するのはナンセンスでしょう。
「同次元のものでないと並列できない」という論理学ロジックの基本も押さえていないため、脳とストレスという別次元の概念を並べられると、真っ当な読者は混乱してしまうのです。

× 過度の不安・抑うつ・不眠がないのがうつ病、あるのが適応障害

ストレッサーに直面しているときの適応障害に比べ、明確なストレッサーのないまま発症したうつ病は、確かに症状が比較的穏やかに見えることがあります。
しかし、適応障害の症状の表れ方も大小さまざまですし、症状出現の初日と30日後とでは表れ方も異なるでしょう。

繰り返しになりますが、主観的な感じ方や症状の軽重では、うつ病か適応障害かの判別はできません

まとめ

うつと適応障害についての誤解は、知識や情報が古い他、診断基準を字義通り受け取る・疾患をイメージで語る・過度の一般化・診療報酬目当て・投薬目当てなど、様々な要因によって引き起こされます。
困るのは、そういった情報がそのまま発信され、それを元に自己判断した人が、適切な治療から遠ざかってしまうことです。

適切な診断は適切な治療のために必要であり、治療を行わない、行う気のない人の診断は、無意味どころか害悪にすらなりかねません。 それは自己診断も同様です。
医療機関をはじめ、専門家のいるところに相談に行く際には、診断名だけでなく、どのように治療していくかといったところまで確認しましょう

心身ともに弱っているときは、治療のことまでは頭が回らないかもしれません。
特に口が巧みな治療者は、治療のことになると一般の人の分からない単語を使ったり、長々と説明したりしやすくなります。

同行者をつけるのは、口を差し挟むのではなく、こういった治療の説明を理解してもらうのに有用です。
皆さんが適切な診断を受け、一日も早く治療を終えることをお祈りします。

※1 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ 各論④気分症群 https://journal.jspn.or.jp/Disp?style=ofull&vol=123&year=2021&mag=0&number=8&start=506

※2 国際疾病分類|WHO https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f578635574

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