2022年、アメリカの辞書出版社であるメリアムウェブスター社が、今年のワードを発表しました。
その中の1つに選ばれたのが、ガスライティングです。
ガスライティングとは、精神的DVの一種です。
2018年にはイギリスの流行語にもなり、その後、韓国では俳優がガスライティング被害を告白するなど、注目度の高まっているガスライティング。
ここでは、ガスライティングとは何か、どんなことが起こるのか、対策などについて説明します。
ガスライティングとは? ガスライティングの定義
ガスライティング(gaslighting)とは、親密な、しかし力関係の存在する間柄の中で行われる、精神的DVです。
加害者はわざと嘘の情報を教えたり、嫌がらせしたりし、被害者を心理的に操作し、追い詰めます。
力関係の上下のある親密な関係とは、親子、夫婦、上司と部下、師弟などが該当します。
ガスライティングは心理的虐待とも言われますが、やはり最も出現しやすいのは夫婦関係です。
どのような状況に陥るのか、夫婦関係を例に見ていきましょう。
ガスライティングの例
加害者は被害者を説教したり、独占欲をあらわにしたり、大きな音を立てたりと、被害者との間に緊張が高まるように仕向けます。
夫が加害者の場合、「お前の選んだ服で同僚から笑われちまったよ」と言ったり、「お前、ウーバー配達員と親しげに話してただろ」と言ったりします。
加害者の言動に、被害者は申し訳なさを感じ、次からはそうならないよう配慮したり、気をつけたりするようになります。
妻が被害者の場合、次からは夫に恥をかかせないようにと注意深く準備するようになったり、夫以外の男性とはよそよそしくしたり、夫がイライラしないよう細心の注意を払ったりします。
両者の間で緊張が高まった後、加害者はわざと相手がぼろを出すよう仕向け、相手に非があるかのように現実を再定義し、それを刷り込んでいきます。
夫が再び妻に服を選ばせ、「また俺に恥をかかせるつもりか」と責めたり、夫以外の男性と関わる機会を作り、「色目を使っていた」「そんな露出の高い服を着て、誘惑するつもりだったんだろ」と言ったりと、あたかも事実そうであるかのように語ります。
その後、加害者は「私の感情の責任をあなたが持て」というような宣告をします。
「俺を怒らせるな」がその最たるものであり、妻は「夫が怒っている責任は自分にある」と引責させられます。
第三者に追及されたときにも、「妻が悪いんですよ」「私がしつけなきゃいけない」「妻が騒いでご迷惑をおかけし、申し訳ない」というように、「これは暴力や虐待ではない」ことを弁明します。
次第に被害者は「加害者の言うとおりにできない自分がおかしい」と感じ、自信を失くし、自尊心を削られ、周囲からも孤立します。
この段階に至ると、加害者は周囲に悪評を流し、被害者の社会的評価を失墜させることで、加害者から離れられない状況を作り出します。
離れられない「かのように」感じるだけなのですが、離れることに心理的抵抗を感じるようになり、実際に加害者から離れることには苦痛が伴うようになります。
何のためにガスライティングする? ガスライティングの目的・狙い
精神的DVであるガスライティングは、沈黙と従順さを強いてきます。
被害者の自発的な発言は減り、発言をうるさく感じていた加害者は、沈黙が増えたことに満足するでしょう。
突飛な行動に驚いていた加害者は、被害者が言われた通りに大人しく行動することを内心喜びます。
「被害者を破滅させること」が目的だと言われることがありますが、これは正確ではありません。
破滅は結果の一つに過ぎず、加害者が破滅を意図しているわけでもないからです。
破滅するケースもあればそうでないケースもあり、加害者が「破滅させてやろう」という害意を抱いていないケースがほとんどです。
孤立
加害者の狙いの一つは、被害者を周囲から孤立させることです。
加害者によって「自分が悪い」と思わされた被害者は、たとえ加害者の発言が嘘であっても、自分にも過失があるような気がしてきます。
加害者が何度も繰り返してくると、「実は相手の方が正しくて、自分の方が間違っているのでは」という考えが頭に浮かぶようになるのです。
自分の方が間違っている可能性に思い至った被害者は、第三者への相談を控えるようになります。
自分が“事実”“現実”と思っていたことへの確信が揺らいでしまい、人に話せなくなってしまうのです。
元々社交的でなく、明るく活発でもない、社会的に孤立しやすい人がターゲットにされやすいところもあります。
周囲の人は、加害者から嘘を吹き込まれたり、「被害者の方が悪い」と信じ込まされたりすることがあります。
より巧みな加害者は、周りの人と口裏を合わせるようなことはしません。
事実の中から加害者に都合の悪いことは隠し、都合の良いことは吹聴して、あたかも本当に被害者が悪いという認識を抱かせ、周囲を巻き込んでいきます。
依存
周囲から孤立した被害者は、加害者としか人間らしい関わりを持たなくなっていきます。
加害者との関わりを重視し、それが途絶えないよう従順になり、加害者の言ったことに服従するようになります。
加害者との関係に依存し、加害者から離れられないようになっていきますが、これこそが加害者の狙いです。
× 破滅させること
ガスライティングの結果、関係を解消したり、被害者がメンタル疾患になったり、警察や司法の介入を受けたりするような、破滅に至ることもありますが、これは加害者の意図するところではありません。
むしろ加害者は、「被害者を愛しているからやった」と言ったり思ったりしていることがあります。
加害者自身がガスライティングのような虐待の被害者で、その方法しか知らないが故にガスライティングすることもあります。
自分を分かってほしい、理解してほしいがために行う場合もあります。
家や職場から追い出したい、自殺させたいと思っているわけでもなく、嘘をつきたい、犯罪的な行為によって充足したいわけでもないところには、注意が必要です。
ガスライティングされるとどうなる? ガスライティングの症状と影響
ガスライティング被害者に起こり得ることとして、以下の12項目が挙げられます。
ガスライティングは、両者が親密な関係で、そこから逃れにくい環境の中、力関係の上下があるところで出現します。
被害者は次第に加害者に依存的になっていきますが、一方では加害者も物理的・情緒的支援に依存しているため、最終的には共倒れになって破滅するケースが多いです。
そういった意味では、共同関係としては脆弱です。
ガスライティングされやすい人・ガスライティングしやすい人
ガスライティングの構造の中には、加害者による愛情の搾取が組み込まれています。
よって、被害に遭いやすいのは、与える愛を尊び、配慮する思いやりを持ち、心配りする優しさを持った献身的な人です。
「犠牲や献身する自分」に一貫性を保とうとするため、抜け出すことも難しく、発覚も遅くなりがちです。
腕力や情報量などで強い力を持った側が、必ずしもガスライティング加害者になるわけではありません。
特に深刻な事態や状況を作りやすいのは、他害傾向の強いパラノ型や反社会性パーソナリティ、自己愛性パーソナリティ、サイコパス傾向を併せ持つダークトライアドです。
彼らは真顔で噓をつき、一度言ったことを「言っていない」と主張することに躊躇がありません。
「そういう意味で言ったんじゃない」「解釈がおかしい。間違ってる」「心外だ。傷ついた」と、言質をとろうが証拠を残そうが反論し、被害者を責め立てる論調に転じる話術が巧みです。
対抗するには、冷静な対応ができるだけの知識を持つことと、被害によって不安定になったことへの精神的支えの両輪が必要でしょう。
ガスライティングされたらどうする? ガスライティングへの対処と治療
ガスライティングへの対抗策の第一歩は、被害者の本来持っている力を取り戻すこと(エンパワーメント)です。
被害者はガスライティングによって、加害者なしで生活できると思うこと、思ったり感じたりしたことを話せること、非難や侮辱に屈せず尊厳を持てることができなくなっています。
そういったことをできるようにすることが先決です。
どれも「そんなこともできないの?」と思われるようなことかもしれませんが、その力を挫くのがガスライティングの恐さです。
エンパワーメントを行える場所としては、カウンセリングの他、DV被害者への相談事業やシェルターなどの支援施設があります。
孤立しやすい性格や属性を持った人が狙われやすいことを思い出してください。
人と繋がることが状況を好転させ、未来を引き寄せます。
専門知識によってパワーシフトする
専門家の知識と経験を頼ることは有用です。
被害者が自分の持つ力を取り戻しても加害者には敵わないか、いいところ対等になるかだからです。
弁護士や警察、児童相談所に相談し、その知識をプラスして初めて、力の上下関係を反転させられる瞬間が生まれます。
被害に気づき、仕組みを知り、専門性を獲得しましょう。
× 主張的なコミュニケーションをとる
非主張的なコミュニケーションをやめ、自分も相手も尊重しながら主張するコミュニケーションのことを、主張的コミュニケーションといいます。
ガスライティングに対してアサーションを勧める人がいますが、あまりおすすめできません。
少なくとも、最初からアサーションを用いて主張したり、Noと言ったりするのは筋が悪いです。
加害者は力関係の上位者であり、嘘をつくことも他を巻き込むことも躊躇しない相手です。
そんな人に自己主張したからといって、どれだけの人が行為をやめてくれるでしょうか。
「そうか、嫌だったんだね、ごめんよ」と言って主張を聞き入れてくれると思っている人がいたら、楽観的に過ぎると思います。
アサーションは、全てが解決した後、加害者との関係が破綻しなかったときに必要なスキルです。
初手から自己主張したり、Noと言ったりするのは、事態を悪化させる可能性が大ですので、控えましょう。
支援者にアサーションを勧められたとしても、それは事態を軽く見ている人の正論と割り切り、現実的な方法を模索することをお勧めします。
まとめ
ガスライティングは、被害者を孤立させ、加害者への依存を強めようとする精神的DVです。
そのためには、嘘をつくことも偽の情報を吹聴することも辞さず、被害者が精神的に追い詰められることも構いません。
最終的に被害者は精神に異常をきたし、関係は破綻して終わることが多いです。
被害に遭った際にはまず自信喪失から立ち直り、知識をつけて主張性を取り戻すことが重要です。
一方、被害者を失った加害者は偽りの力関係を失い、支えを失くしたような状態になるため、こちらにも支援的な関わりが必要になります。
双方に対し、専門家によるエンパワーメントが必要です。
ガスライティングを行う側もされる側も、社会から孤立し、物理的にも心理的にも助けを求められない場合が多くあります。
一人での事態の打開を目指さず、専門性の高い人からの支援を得ましょう。
傷つきから立ち直るためのカウンセリングを始め、弁護士やDV支援事業所、児童相談所や社内のコンプライアンス委員会などが解決に向けて支援します。
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