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母性剥奪 -養育者との離別によって心理的発達に悪影響を及ぼす愛情遮断症候群-

母性剥奪とは

母性剥奪(maternal deprivation)とは、乳幼児を母親から引き離すことによる悪影響のことです。

乳幼児とは母親と温かく親密で、継続的な関係を結ぶべき存在です。
そういった関係を築けず、母親と長期的に離れなければならなかったり、母から情緒的な態度をとられなかったりすると、重大かつ不可逆的な不調をきたす可能性があります。

母性剥奪は別名、愛情遮断症候群と呼ばれることもあります。
提唱者はボウルビィ(J.Bowlby)といい、後に母性剥奪の概念を発展させ、愛着理論を策定した人物です。

現在では、深刻な剥奪のケース以外ではあまり使用されることのない概念です。

母性剥奪の成り立ち

かつて、乳児にとって母親のいないこと、母親を失うことは死と同義でした。
社会システムが発展し、より健全な発育のために里親や乳母のところに預けられたり、母親が亡くなったために施設に預けられたりできるようになったことで、母親から離れて養育される乳幼児の成長について、次第に関心が寄せられるようになりました。

ボウルビィが『母性ケアと精神衛生』という論文を発表した1951年には、まだ乳幼児の対人関係の発展に関する理論は皆無でした。
そんな中でボウルビィは母性剥奪について言及し、子どもの対人関係の経験は心理的発達において極めて重要であると述べました。

母性剥奪の症状

母親と温かく親密な関係を継続的に築き、母子ともに満足感と喜びを見出すことが、母子関係には必要です。
そういった関係を結べなかった場合、ただその後の対人関係が苦手になるだけでなく、精神的に不健康な状態になるとされています。

内面の無関心さ・空虚さ

ボウルビィの報告によれば、施設や複数の里親の下で育てられた子ども達は、表面上快活ですが、内面は無関心になることが多いとされています。
母親と長期間離されたり死別したりするような環境に置かれた子どもは、「愛情のない性格」になりやすいとも言われます。

感情の極端さ

母親との親密な関係は、極端な感情を和らげ、人格形成も行われやすくなります。
反対に、そういった関係を経験しないと、激怒や希死念慮など極端な感情を表出しやすくなり、人格も未熟なままになったり、不安定になったりしやすくなると考えられます。

不安感

適度な不安感は行動の原動力にもなり、人と関わることを促進させたり、現状を打破したりするのに役立ちます。
一方、過度の不安感は迷いや戸惑い、逡巡を生じさせ、むしろ行動を起こしづらくさせます。

健全な母子関係を結べなかった場合、不安が増大しやすくなり、更に不安を抱え込みやすくなります。

憂うつ感

親と親密な関係が築けていないと、ちょっとしたことで気が沈みやすく、悲しくなったり憂うつになったりしやすくなります。
感情を抑える機能は脳の前頭前野が担っており、母性剥奪はこの前頭前野の発達にネガティブな影響を与えていると考えられています。

不満感

穏やかで温かい他者イメージが形成されないため、成長後にも他者との関わりに緊張したり、空想の中であれこれ考えてしまったりしやすくなると考えられます。
親以外との対人関係も不安定になり、欲求を解消しづらい人になり、欲求不満を抱えやすくなるとされます。

また、自分のしたことや他者に対して、罪悪感を抱きやすくなるとも言われています。

母性剥奪への批判

ボウルビィによって母性剥奪仮説が提唱されて以降、乳幼児をケアするだけでなく、その家族も含めたケアが必要であるといった現代にも通じる考えが広く一般にも知れ渡るようになりました。
一方で、「母性」といった曖昧な表現が用いられたことから、批判や誤解も相次ぎました。

母とは誰か

母性剥奪仮説で言及されている「母」が実母に限定されるのか、それとも継続的な関係を結んだ養母や里親も含むのかについては、不明確だという批判が上がりました。
女性である母親なのか、子を一貫して育てている父親は含まれないのかという批判もありました。

「母的な」関わり方のことを指すのか、冷淡でない、感情的な関わり方のことを指すのかについても不明でした。

現在では、特に「母(女性の親)」に限定されるものでなく、また血の繋がりの有無も問わないことが示されています。
また、関わり方についても、子どもの状態に敏感で、反応の良い養育者との関わりを「母性的な(母的な)関わり」と言われています。

裏を返せば、子どものことを見ておらず、あまり反応が機敏でなかったり、期待されるような反応を示せなかったりする場合には、母性剥奪に当たるということでもあります。

継続的な関わりとはどの程度のものか

「継続的な関わり」についても、同じ人物が24時間接触していなければならないのか、それとも1日の大部分関わっていればいいのか、もしくは食事や入浴といった衛生管理に関わる時間を接触していればいいのか、といった疑問が出されました。
この点が誤解され、保育園や託児所に預けることも乳幼児には良くないと言われたり、母親が働きに出ることを否定的に捉えられたりしたこともありました。

この点についてはボウルビィ自身も補足しており、24時間ずっと一緒にいなければならないわけではなく、むしろ親以外の養育者も定期的に乳児に関わり、別の人の養育にも慣れさせることが望ましいと述べています。
ただし、機械的に対応したり、あたかも物を扱うように冷淡に接したりすべきではないとも述べています。

剥奪とは何か

「剥奪」についても、愛着形成の時期に養育者がいないことを指すのか、愛着対象となった養育者から引き剥がされることを指すのかは、専門家によって一致せず、都合の良いように解釈されることがありました。
現在では、養育者からの分離それ自体よりもむしろ、両親をはじめとする家族不和を目にすること、それによって愛着を形成できるような養育者がいないことが、その後の反社会的行動に繋がると示唆されています。

母性剥奪仮説はその後、小児期逆境体験ACEsエーシーイーズ研究にも一部統合されていくことになります。
そこでは、母性剥奪が成人後の不健康の原因となるのではなく、脆弱性要因リスクファクターの1つと考えられています。

まとめ

母性剥奪仮説を提唱したボウルビィは、それを愛着理論に昇華させ、養育者との関係が対人関係の枠組みの基礎となり、成人後の対人関係まで影響を及ぼすと説きました。
対人関係の障害である愛着障害など、愛着理論で指摘されるような生きづらさや精神的不調で悩む方は、現代でも多く存在します。

その一方でボウルビィは、乳幼児から養育者への愛情について言及し、無償の愛とは親が子に注ぐものではなく、子が親に対して与えているものであることを指摘した、先見の明のある人でもあります。
母性剥奪は現代では使用されることの少なくなった概念ですが、ボウルビィの伝えたかったことの中には、現代の治療にも応用できるようなものがあるのかもしれません。

母子関係や家庭不和の記憶は、トラウマ化しているケースも多くあります。
自立してからも養育者との関係や記憶にお悩みの方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。

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