新型コロナウイルス(COVID-19)に感染すると、PTSDへのなりやすさが1.3倍増えるといいます。
世界的なコロナの流行はまだ終息の兆しを見せていませんが、コロナに罹患することが体や脳に甚大な被害を残していくとすれば、終息後に待っているのは、PTSDをはじめとする精神疾患の流行かもしれません。
きたるべきトラウマの時代に備えて、PTSDの回復を妨げるリスク要因について解説します。
PTSDのリスク要因
PTSDになりやすい人の持つ属性や、PTSDからなかなか回復しない人のリスク要因を検討した研究はいくつか存在します。
そういった研究をまとめて分析した研究(メタ・アナリシス)から指摘されている要因をいくつか紹介します。
性別
男性より女性の方がPTSDの発症率が2倍ほど高いことが分かっています※1。
PTSDによって心臓や血管系に負担をかけることが分かっており、それ以外にも自律神経系やホルモンバランスにも影響を及ぼすことから、女性特有の生理的なシステムがトラウマイベントを記憶させてしまうことが考えられます。
また、男性と女性ではトラウマイベント後の行動も異なる可能性が指摘されています。
男性はスポーツ観戦をしたりアルコールをあおったりと自律神経系やホルモン系といった身体レベルから変化を起こすよう行動するのに対し、女性は出来事について知人と話したり逆に誰にも打ち明けず普段通り過ごしたりすることから、身体が体験を消去できないのではと考えられます。
社会経済的問題
金銭的に困難な人の方がそうでない人よりPTSDになるリスクが高いといいます。
経済的に困窮している人の方がリスキーでトラウマに残りそうな業務に従事する確率が高いこと、困窮していることが気晴らしの選択肢がせばまることなどが、PTSDへのなりやすさと関連している可能性があります。
教育の不足
虐待や戦争などによって充分な教育を受けられなかった人の方がPTSDを発症する確率が高くなります。
PTSDをはじめとするメンタル疾患についての基礎知識とその対処について学ぶ機会がなければ、いざトラウマイベントに遭遇した後にも何の手当てもせず支援を求めることもできなくなってしまうでしょう。
また、両親などの保護者が高い水準の教育を受けていれば、子も高水準の教育を受ける機会が得られるという相関関係があります。
子がトラウマイベントに遭遇したとき、保護者が適切な支援を求められたり、新興宗教や偽医療のような誤った対処を避けたりできるのも、教育によるPTSDの予防になると考えられます。
精神科既往歴
トラウマイベントに遭遇する前から精神疾患にかかっており、精神科や心療内科への受診歴がある人の方が、PTSDにもかかりやすいと言われています。
特に、男性の場合には不安障害(パニック障害や社交不安障害)の人の方が発症しやすく、一方女性は気分障害(うつや双極性障害)の人の方が発症しやすいとされています。
パニック障害や社交不安障害は外出や対人場面を避ける傾向があり、トラウマイベント後に気分転換したり体を使った活動をしたりできないことが男性のトラウマ処理を遷延化させてしまうのかもしれません。
うつになるとそもそも気分転換に動く活力が枯渇しているため、身近な人にトラウマイベントについて話す気力が出ないためにトラウマ処理に失敗する可能性があります。
本人の既往歴だけでなく、その家族の精神科既往歴もPTSDのなりやすさと関連しています。
うつのなりやすさも家族から遺伝することが知られていますし、双極性障害に至っては特定の遺伝子が双極性障害を引き起こすことが判明してきていますので、PTSDもトラウマイベントが原因ではなく、その因子を有しているかどうかが原因ということが分かる日が来るかもしれません。
デブリーフィング
つらい経験をした後でそれについて詳しく話し、当時の状況を報告したり事実を述べたりすることをデブリーフィングといいます。
デブリーフィングはトラウマイベントからくる苦痛を緩和せず、むしろ2倍から3倍ほどPTSD発症のリスクを増加させます※2。
トラウマを受けた人への対応として「まず否定せず話を聴きましょう」という情報が様々な媒体で見受けられますが、これは必ずしも奏功するわけではありません。
トラウマ犠牲者への強制的な報告や語りはやめるべきでしょう。
カフェイン
コーヒーなどに含まれているカフェインは自律神経を交感神経優位にし、PTSD症状の一つである過覚醒を起こりやすくします。
適度な量を摂取すれば目が覚めたり頭がシャキッとしたりするカフェインですが、トラウマイベントに遭遇したことがある人は控えるか、少量にしておく方がいいでしょう。
ひとたび交感神経優位のスイッチが入れば、イライラしやすくなったり怒りっぽくなったり、周囲の些細な物音に過敏に反応してしまって落ち着くことができなくなったりします。
月経前症候群/月経前不快気分障害(PMS/PMDD)
生理前に「頭痛」「腹部膨満感」「乳房の張りや痛み」といった身体症状が出現することをPMS Premenstrual Syndrome(月経前症候群) といい、「イライラ」「怒りっぽさ」「不安」「落ち込み」といった精神症状が強く表出するものをPMDD Premenstrual Dysphoric Disorder(月経前不快気分障害) といいます。
トラウマイベントに遭遇した人は倍以上もPMDD症状を訴えることが分かっており、PTSD発症まで至った人は8倍も多くPMDD症状を訴えると言われています※3。
PTSDは自律神経を含む身体変調ですが、脳や神経系だけにとどまらず、ホルモンバランスにも影響を及ぼすことの一端と言えるでしょう。
発達障害
ADHDや自閉症スペクトラム障害(ASD)といった発達障害と診断された子どもたちは、それ以外の子どもたちよりトラウマイベントに遭遇しやすく、またPTSDを発症しやすいと言われています※4。
その理由としては、発達障害児は神経発達が不充分なため脆弱性があり、トラウマイベントに出くわすと神経が損傷し、PTSD症状も出現しやすいからと考えられます。
また、発達障害のために社会スキルの習得に遅れがあり、親や指導者から身体的/心理的虐待を受けやすかったり、性的虐待のターゲットにされやすかったりする可能性もあります。
知的障害も併発していればそのリスクが更に高まり、トラウマイベントに晒されるタイミング自体も増えてしまうと考えられます。
トラウマとCOVID-19
新型コロナウイルス(COVID-19)は様々な精神疾患に罹患するリスクを高めたり、コロナ発症後をきっかけにして精神疾患になったりすることが報告されています。
コロナにかかった人は入院したかどうかにかかわらず、その後にPTSDを発症するリスクが1.3倍高かったといいます※5。
また、睡眠障害になるリスクは1.4倍、うつ病になるリスクも1.4倍、不安障害になるリスクは1.3倍ほど高くなることも報告されています。
新型コロナウイルスは呼吸器だけでなく脳組織にもダメージを与え、脳内炎症を起こしたり脳神経の伝達を阻害したりする可能性が示唆されています。
コロナ罹患後に精神疾患にかかりやすくなるのは、罹患した本人だけではありません。
コロナにかかった人の家族もまた、精神疾患にかかりやすくなるというデータもあります。
新型コロナにかかり、ICU(集中治療室)での治療をおこなった人の家族は、それ以外の呼吸器疾患のためにICUに入った人より、約2倍PTSDやASD(急性ストレス障害)になっているといいます※6。
身近な人が生還できないかもしれないというストレスやそれを支える精神的負担は、日常生活で体験しているストレスより重く深刻なものだということでしょう。
コロナにかかった人たちはそうでない人たちに比べ、32.2%多くPTSDなどのストレス関連障害にかかっていたといいます※7。
またその家族も、35%多くストレス関連障害を発症していました。
かつてSARSやMERSが世界的に流行したときにも、その罹患者は罹患していない人たちよりも3割程度多くストレス関連障害にも罹患していたことから、こういった未知の感染症に罹患することはPTSDを発症するリスクを高めると言えるでしょう。
新型コロナウイルスの流行によって「ロックダウン」という単語も広く知られるようになりました。
ロックダウンとは、特定の地域への出入りが制限され、その中での移動も自由にできなくなる緊急対応のことを言います。
日本では2022年4月現在、ロックダウンは発令されずに済んでいますが、例えばロックダウンを実施したインドでは、その後PTSDを発症した人が28.2%増加したと報告されています※8。
同じくうつ病を発症した人は14.1%増えたと報告されていることから、ロックダウンはそこにいる人たちの精神を荒廃させ、メンタルヘルスまでも悪化する可能性があることは注意しておかなければならないでしょう。
トラウマ回復に役立つもの
PTSDからなかなか回復できないリスク要因がある一方、回復を助ける要因もいくつか分かってきています。
一つには、行政に支援を求めたり誰かに相談したりするといった社会的サポートを得られた人の方が、PTSDから回復しやすくなったと言われています※1。
パワハラや性暴力といった個人的な出来事を相談することは勇気が要るかもしれませんが、まだ活用できていないサポートが身近にある方は、助けを求めてみることをおすすめします。
普段の生活の中にあるストレスを軽減することも、PTSDからの回復を助けるといいます。
生活ストレスの多くは対人ストレスかもしれませんが、それ以外にも眠れない、起きるのがつらいといった生活習慣にまつわるストレスや、家事や育児、金欠といった余裕のなさによるストレス、生理や持病からくるストレスなどが生活ストレスに含まれます。
トラウマイベントに遭遇するとそのトラウマ記憶を何とかしようとしたり、フラッシュバックや過覚醒といった症状から対処しようとしたりしがちですが、そういった大きなストレスからではなく以前からある小さなストレスを複数解消していくことも、PTSDの回復には役立つということです。
何から手をつけていいか途方に暮れてしまうという方は、当オフィスやその他の専門家に相談してみるのも手でしょう。
まとめ
PTSDを増悪させる因子としては、女性であること、社会経済的問題を抱えていること、教育の不足、自分と家族に精神科既往歴があること、出来事の報告をさせられること(デブリーフィング)、カフェイン、PMS/PMDD、発達障害などが挙げられます。
また、COVID-19への罹患や罹患者が家族にいること、ロックダウンが発令されることもPTSDの発症率を高めます。
トラウマからの回復を促進するものとして、社会的サポートを受けること、生活上のストレスを軽減することが指摘されています。
トラウマイベントに遭遇し、何をしたら良くて何をしてはいけないのか分からないという方、いま現在も症状に悩まされているという方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。
※1 トラウマガイドライン|国立精神・神経医療研究センター https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/phn/trauma_guideline.pdf
※2 Brief psychological interventions (“debriefing”) for trauma-related symptoms and the prevention of post traumatic stress disorder(2000), S Wessely, S Rose, J Bisson, Cochrane Database Systematic Review(2) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10796724/
※3 Posttraumatic stress disorder and trauma characteristics are correlates of premenstrual dysphoric disorder(2011),Corey E Pilver, Becca R Levy, Daniel J Libby, Rani A Desai, Arch Womens Ment Health 14(5) https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21786081/
※4 Predictors of Trauma Exposure and Trauma Diagnoses for Children with Autism and Developmental Disorders Served in a Community Mental Health Clinic(2020), John D. Hoch, Adriana M. Youssef, Journal of Autism and Developmental Disorders 50(2) https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6994449/
※5 Risks of mental health outcomes in people with covid-19: cohort study(2022), Yan Xie, Evan Xu, Ziyad Al-Aly, BMJ https://www.bmj.com/content/376/bmj-2021-068993
※6 Association of COVID-19 Acute Respiratory Distress Syndrome With Symptoms of Posttraumatic Stress Disorder in Family Members After ICU Discharge(2022), Elie Azoulay et al, JAMA 327(11) https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2789436#:~:text=COMMENTS-,Download%20PDF,-Comment
※7 Posttraumatic Stress Disorder in Patients After Severe COVID-19 Infection(2021), Delfina Janiri et al, JAMA Psychiatry 78(5) https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/fullarticle/2776722#:~:text=COMMENTS-,Download%20PDF,-Comment
※8 Prevalence of Posttraumatic Stress Disorder and Depression in General Population in India During COVID-19 Pandemic Home Quarantine(2020), Suraj Prakash Singh, Anita Khokhar, Asia Pacific Journal of Public Health, Vol. 33(1) https://journals.sagepub.com/doi/pdf/10.1177/1010539520968455
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