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トラウマと怒り

怒りは生得的に備わっている感情とされます。
しかし一方で、トラウマ記憶に関わる侵入思考やフラッシュバックを起こしたときにも怒りや激怒と表現されるような感情表出が見られます。

一説には、昭和のアニメで見られた「野球のボールが家の窓を割ったことに激怒するカミナリ親父」は、戦争体験によるPTSDであのような過剰な反応を示していた、とも言われます。

一般的に言うところの怒りと、トラウマ記憶に触れたときの怒りとは、何が違うのでしょうか。
PTSD症状としての怒りについて解説します。

怒りとは何か

怒りは様々な要因によって引き起こされる、原初的な感情の一つとされています。
例えば、目的を達成できないとき、思い通りにならないとき、体を傷つけられたとき、人から侮辱されたときなどに感じるのが怒りだと言われます。

こういったシチュエーションで感じる怒りはいわば「頭」で感じる怒りであり、「頭」で感じるからこそ、これらの例を読んだ人も「あーそうそう、それで怒るの分かるわ」と頭で怒りを理解することができるでしょう。
一方、「体」で感じる怒りというものもあり、事実、怒りは様々な生理的な変化を引き起こします。

怒りが生む身体的反応

怒りを感じると、心拍数は高まり、血圧は上がり、血糖値は上昇します。
呼吸は速く、そして浅くなります。これらは自律神経系が交感神経優位に入ったことによって引き起こされる変化であり、怒りの感情を自覚するより速く生じる変化でもあります。

ホルモン系は外的な刺激をストレスと認識してコルチゾールを放出し、意識の覚醒度を高めます。
アドレナリンも分泌され、興奮状態に入ります。

こういった身体反応は、行動にも変化をもたらします。

警戒心が高まるため周囲の刺激に対して敏感になり、周りからするとピリピリしていたりイライラしているように見えたりします。
疲労などから抑えが利かなくなっている場合には、周囲や自分自身に対して破壊行動(物を投げたり頭を壁に打ちつけたりする)をとったり、怒鳴ったり暴れたり感情を爆発させたりすることもあります。

PTSDの人が怒るとき、どちらかというと「頭」で感じる怒りよりもこういった「体」で感じる怒りを表出することが多いです。
身体反応なので、周囲からすると「理解できない」「退行している」「常軌を逸している」と認識されることも少なくありません。

「こうあるべきだ」「こうしてほしい」という思考から生じる怒りは「頭」で感じる怒りであり、自分の価値観を修正するチャンスだったり、制度や社会を変える原動力(エネルギー)になったりする怒りです。
一方、「体」で感じる怒りは突き詰めてしまえば不快感でしかなく、自己成長や社会変革の原動力にはならないところが異なります。

怒りを表出することによる影響

職場でも家庭でも、怒りを表出すると場の雰囲気が悪くなり、率直なコミュニケーションが行われづらくなります。
不意に言った言葉によって人間関係が悪くなったり、相手を傷つけてしまうこともあります。
怒りに任せて物を叩いたり投げたりすれば壊れますし、感情のままに動けばけが(打撲・出血・骨折・抜毛など)もします。

怒った人に対する周囲の目も厳しくなり、「抑制の利かない人」と見下されたり、敬遠されたり、対応が冷たくなったり、減給されたりもします。
中でも大きな負の影響は、「怒ったこと」「怒ってしまった自分」を後悔してしまい、自信を失くしたり言動がネガティブになったりすることです。

怒りの感情を向けられた人もそのことがトラウマとなってショックを受け、凍りつきを起こしてしまうことがあります。
凍りつき(シャットダウン)を起こしてしまった人は、何について怒られているか頭に入ってこず、その後も凍りつきを起こしやすくなり、人生に暗い影を落とすことになります。

アンガーマネジメントの限界

1970年代、アメリカで犯罪者の矯正プログラムとして誕生したアンガーマネジメントは、その後一般にも普及し、日本でもカウンセリングや企業研修などにも取り入れられています。
しかし、アンガーマネジメントの内容ではトラウマを持っている人の怒りには到底歯が立ちませんし、「体」で感じる怒りを鎮める程度の対処までできているとは言えません。

アンガーマネジメントは理性(大脳新皮質の前頭前野)が正常に機能するときにだけ有効な手段であり、アンガーマネジメントを実践しようとしてうまくいかなかったとしても、不全感を覚える必要は全くないのです。

× 価値観を広げる

『価値観を広げる』という方法で怒りに対処することは、頭で「こうあるべき」と考え、それに反することがあったときには有効かもしれません。
しかし、例えば見ず知らずの人に足を踏まれたときに「足を踏まれたくらいで怒るなんて器が小さい」と価値観を広げたところで痛みはひきませんし、抗議する原動力になったかもしれない貴重な怒りを捨てることにもなってしまいます。

× 「怒ったら自己評価が下がる」と考える

『自己評価の低下を懸念する』といった意識を別のことに逸らす方法も、理性の入り込む余地があるときの「頭」で感じる怒りには有効な場面もあるかもしれませんが、「体」で怒りを感じているときには無効です。

「腹が立つ」「むかっ腹が立つ」「腹に据えかねる」といった慣用句に見られるように、怒りは腹(特に下腹部)で感じることが多い感情であり、怒りを感じている体そのものを無視して頭の中であれこれと別のことを考えても、何の気休めにもならないのです。

× 嬉しかったときのことを思い出す

同じく怒りから目を逸らし、別のことに意識を向ける対処として『嬉しかったときのことを思い出す』というものもありますが、これも身体的な怒りの反応を何ら鎮めてくれるものではありません。

そもそも、アンガーマネジメントを必要としている人は、『取引先の人もいる前で上司から笑いものにされて怒りを感じた』『接客業で客対応についた途端、悪態をつかれて腹が立った』『仕事の休憩時間に同僚からマウンティングされて怒りに震えた』といった対応中に怒りを覚えているのであり、別のことを考えたり目の前の対応から意識を逸らしたりできるほど、暇ではないと思われます。

× 6秒ルール

有名な『6秒ルール』は、実は脳の仕組みからすると意外と理にかなっている方法です。
感情を司る大脳辺縁系(の一部である扁桃体)から理性的な機能を司る前頭葉に怒りが到達するまで、3~5秒かかるとされています。

『6秒ルール』は怒りの感情が生じてからピークに達するまでの時間を秒数を数えることでやり過ごし、ピークアウトしてから冷静に行動選択することを狙いとしています。
ただ、『6秒数えよう』と秒数を数えられている時点で前頭葉は機能していますし、前頭葉による抑制を超えるほど強い感情が引き起こされていたり、身体反応が強く出ていたりするときにはなかなか難しいでしょう。

また、少し考えれば分かることでもあるのですが、怒りを引き起こす相手というのはたった一つだけの言動でこちらの怒りを引き起こしてくるのではなく、断続的に何度も波状攻撃のように怒りの琴線に触れてくるものです。
『笑いものにしてくる上司』はイラっとすることをウケるまで何度もこすってきますし、『悪態をつく客』はこちらが悪態に堪えていないと見るや大げさにため息をついたり立ち去るようジェスチャーしてきたりします。
『マウンティングしてくる同僚』は、畳みかけるように自分の優位性を何度も強調してくるものです。

6秒ルールを実践したとして、怒りのピークアウトまでにまた次の怒りがこみ上げてきてしまい、結局身体反応が大きくなって冷静な対応ができなかったとなることが、少し考えてみれば容易に想像できるのではないでしょうか。

× 場から離れる(タイムアウト)

『怒りを感じた場所から離れる』という方法も、体の仕組みや行動分析学の観点からいっても有効な方法ではあります。
しかし、『一旦クールダウンさせたいから移動しよう』と考えられている時点で理性がわずかでも残っている状態ですので、理性が飛んでいるときにはなかなか難しいでしょう。

『タイムアウト』は衝動行為やかんしゃくを起こした子の対応として専門家が用いることから、怒った人と対面している人こそ知っておくべき対応だと考えます。

× 一次感情を理解する

怒りはあくまで二次的な感情であり、その根幹にある一次感情が分かると怒りに任せて行動しなくなる――こういった理性的な解釈は自己理解を深めることにもなりますし、カウンセリングの場でも使われる有効な手立てではあります。

しかし、やはり冷静なときに準備しておかなければ、怒りを覚えたまさにその瞬間には役立てづらいこと、「体」で感じる怒りには無効なことが多く、『なぜ分かっているはずなのに怒ってしまうんだ』とかえって落ち込みのきっかけになってしまうことなどがあるようです。
特に子育て中の親御さんから相談を受けた際、『頭で分かっているのにできないのは自分がダメな母親だからか』『自分が子に怒ってしまうのは虐待ではないのか』といった悩みとして、臨床現場では聞かれることが多かったです。

× 他人は思い通りにならないものだと知る

他人と過去は変えられない、だから怒ろうが何をしようが無意味なのだから自分が変わりなさい――他人が思い通りにならないことを普段から心しておけば、怒りで我を忘れることもない、といった理屈です。
仏教では一切皆苦というように、他者や人生に対する悟りに近い真理ではあります。

ただ、「怒らない人はみな悟りを開いているのか」というと、答えはノーでしょう。
単に怒りに対する体の反応を鎮めればいいだけなのに「悟りなさい」というような対処を提案するのは、「生活が苦しいなら生活保護を受けなさい」というような乱暴さを感じます。

アンガーマネジメントが提案する方法は他にもありますが、どれも「頭」で感じる怒りへの対処ばかりであり、「体」で怒りを感じる場合には有効とは言いがたいです。
結局のところ、アンガーマネジメントの内容に嚙みついて「それって違うんじゃないですか」と言ってしまっては、何のためにアンガーマネジメントを学んでいるか分からない、アンガーマネジメントを学びたいのならその内容のつたなさにも怒ってはならない――そんな暗黙の了解を前提としたようなやり方が、アンガーマネジメント・ビジネスなのだと思います。

内向的な人で言及したような、外向的で人間理解への解像度が低い人の考えた、限定的な方法だと割り切って使用するのが良いでしょう。

交感神経優位を利用するトラウマ治療

外部刺激によってストレスがかかり、交感神経優位の状態になると、体の様々な部位で反応が起こり、脳内でも怒りの感情が沸き上がります。
怒りを感じているときの体は「戦うか逃げるか」の状態に入り、刺激への反応は増す反面、些細な刺激にもイラっとしたり怒ったりしやすくなります。

交感神経優位になっている体を元のリラックスした状態に戻すには、交感神経の活動を落ち着かせるのではなく、副交感神経の1つである腹側迷走神経複合体の活動を高めることが有効です。
当オフィスで実施しているブレインスポッティングを始めとするソマティック(身体的)アプローチを行えば、体から怒りを鎮めることが可能です。

体から怒りや激怒を治められれば、仕事の生産性は向上し、職場の雰囲気も明るく前向きに改善されます。
コミュニケーションをとるときにも相手を萎縮させず、伝えたいことを伝えることができ、新人や部下の育成もスムーズにできるでしょう。

トラウマ体験からくる怒りに心当たりのある方は、一度当オフィスにご相談ください。

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