理解のある彼くんとは、交際相手を理解しつつ自身は理解されることを求めない、無限の優しさと見返りを求めない愛を持った存在とされています。
しかし、そんな彼くんを肯定的に見る潮流も変わり、その歪さや関係の不健全さを否定的に捉える流れも徐々にみられるようになってきています。
SNSや投稿サイトで取り沙汰される理解のある彼くんとはどういった存在か、その正体と心理を心理学的観点から解説します。
理解のある彼くんとは?
理解のある彼くんとは、「生きにくさ」「生きづらさ」を抱えている女性を支える男性のことです。
この「生きにくさ」「生きづらさ」には、うつや適応障害といった精神疾患、ADHDや自閉スペクトラム障害といった発達障害の他、毒親育ちやいじめ被害者、容姿にコンプレックスを持っている、性的マイノリティである、などが含まれます。
例えば、情緒不安定なことから就労を継続できなかったり、身の回りを片付けられなかったり、人間関係を長続きさせられなかったりするような困難が生じても、彼ら理解のある彼くんは責めたり怒ったりしません。
そんな彼女や妻を許し、なだめたり相談に乗ったりして寄り添うのが、理解のある彼くんです。
理解のある彼くんは、Twitter(現X)に投稿された「生きづらさ」をテーマにした、いくつかのエッセイ漫画が出典です。
作者本人の「生きづらさ」を描いていくものの、話の終盤に唐突に描かれる彼や夫を見、読者がそこに違和感を抱いたことから、そう呼ばれるようになりました。
優しく受容的な存在として描かれ、読者から好意的に受け入れられることも多い理解のある彼くんですが、一部批判もあります。
批判といっても理解のある彼くんに対するものは少なく、多くは作劇上のものです。
登場が唐突だったり、最初からいたにもかかわらず登場させなかったり、交際や結婚に至る経緯がすっぽり描かれなかったりすることから、理解のある彼くんが「生えてくる」とも揶揄されます。
理解のある彼くんの方は彼女の症状や苦痛を「理解」しているため、彼らの方から彼女を見捨てたり、別れを切り出したりすることはありません(それをしたら、理解のある彼くんの定義から外れます)。
一方、彼女らの方は一時の感情から彼を捨てたり、別の男性に乗り換えたりすることがあります。
そういったリスクがありながら、なぜ理解のある彼くんは彼女を見捨てないのでしょうか。
そこには、トラウマの絆が関わっていると考えられます。
なぜ理解のある彼くんが生まれる? 理解のある彼くんの心理
トラウマの絆
トラウマの絆とは、虐待者と非虐待者の間に形成される、感情的に強い結びつきのことです。
特に恋愛関係にて形成されますが、親子関係や友人関係、上司と部下の関係でも形成されるといわれます。
トラウマの絆は、周期的な問題行動や被害、試し行動の末に形成されます。
怒ったり大声を出したり、反対にひどく落ち込んだり死をほのめかしたりされるような「罰」と、穏やかさと冷静さを取り戻すような「報酬」が繰り返し行われ、結びつきが長期的かつ緩やかに形成されます。
理解のある彼くんは、このプロセスによって交際相手と強い絆を結んでいると考えられます。
トラウマの絆は、双方の不均衡さのあるところが、世間一般でいうところの絆とは異なります。
その不均衡の一つが、被害側は一方的に結びつきを感じているものの、加害側は特に強い結びつきを感じていない点です。
この不均衡が、理解のある彼くんは相手を見捨てず、しかし相手の方はあっさり彼と別れたり、別の彼の下へ去ってしまったりする理由と考えられます。
不均衡でいえば、「生きにくさ」「生きづらさ」を抱えている彼女とその彼の「理解」に違いがある点も、不均衡であると言えるでしょう。
彼女の考える「理解」とは、どの感情がなぜ爆発するかと、その対処や受容です。
夜間に急に連絡しても傾聴してくれる、物を投げたり壊したりしても叱らず淡々と原状復帰してくれるなど、理解のある彼くんの出てくるエッセイ漫画では彼らの「彼女のトリセツ」を理解している様子が見受けられます。
では、理解のある彼くんの「理解」はというと、彼女の感情の爆発後です。
「たとえ夜中に電話があっても、聴いていれば翌日には治まるだろう」とか、「物の扱いをとがめてもきっとまた感情的になったらやるだろうから、とがめてもしょうがない」など、突沸した感情を理解しているのではなく、その後処理の手立てを理解しています。
それはあたかも、災害後の崩壊家屋を査定し支払う額を決定する、保険見積もり業者のようにドライです。
そこからは双方向のコミュニケーションの成り立つ相手とは思わず、ただ彼女からの一方的なメッセージを受け取り、発することを理解してほしいという気持ちを断念したかのように対応しているような、諦観にも似た心境が読み取れます。
エッセイ漫画を描いている作者としては「私の行いや気持ちを彼は理解してくれている」と思って彼くんを登場させているのでしょうが、その彼くんはコミュニケーションを諦め、人として言い聞かせられる存在とは思わずに接しているのだとしたら、ここにもまた双方の考えの不一致、不均衡があります。
これもまた、絆というよりはトラウマの絆であると考えた方が、理解のある彼くんを理解しやすくなると思われます。
2025年初頭、Twitter(現X)で妻からの要請で夫に精管切除をさせたエッセイ漫画が話題になりました。
「パイプカット炎上事件」と名づけられたこの漫画上の関係もまた、トラウマの絆と見られます。
後日、精管切除した夫と見られるアカウントが登場し、「合意の上である」と述べていたことからも、両者の間に強い結びつきのあることが見て取れます。
ただ、妊娠に不安があったり、夫が他の女性と性交渉しないでほしいと思ったりしているのは妻であることからすれば、その感情や欲望に対処すべきなのは妻の方でしょう。
感情を感じていない方の夫が体にメスを入れるのは、明らかに不均衡です。
例えば、「妻をビンタすると言うこときくようになる」のような、人権侵害や蹂躙を冴えた手のように公開すべきでないように、トラウマの絆で結ばれた関係もまた大々的に言うべきことではないと思われます。
自己愛性パーソナリティ
理解のある彼くんのような行動をとる背景には、彼くんの側に庇護欲があり、弱っていたり可哀想だと感じたりする対象に特に力を注ぐ人であるという説があります。
ベビースキーマに代表されるように、人間には小さい子どもや小動物といった小さく幼い対象を守りたくなる欲求があります※1。
理解のある彼くんもこの欲求を刺激され、理解のある彼くんにまで昇華したとも考えられます。
また、彼くんには支配欲があり、か弱く頼りない存在を支配下に置き、意のままにしたいがために彼女を支え、擁護しているという説もあります。
庇護欲も支配欲も聞き手の印象が異なるだけで、小さく弱々しいものに惹かれて生じているという点では同根です。
庇護欲や支配欲を抱きやすい特徴を持った性格が自己愛性パーソナリティです。
自己愛性パーソナリティとは、承認欲求や権利意識の強さ、自信過剰さを特徴とする性格タイプの1つです。
その特徴が社会生活に支障の出るところまで強まると、自己愛性パーソナリティ障害として診断されることもあります。
理解のある彼くんの庇護欲や支配欲の裏には、この自己愛性パーソナリティが潜んでいる可能性があります。
「生きづらさ」を抱えている彼女を交際相手に選ぶと、半永久的に彼女を支えたり、励ましたりし続けることができます。
すると、「いつもありがとう」と感謝され続けることができ、承認欲求や優越感を感じ続けることができます。
彼女の方が自分より稼いでいることに嫉妬したり、逆に彼女から慰められて惨めな気持ちになったりすることとは無縁でい続けることもできるでしょう。
うまくいけば、彼女の両親や共通の友人たちからも「優しいね」「いい人だね」と評価してもらえるかもしれません。
他者と操作的に関わり、自身の承認欲求を満たし続けたり、自身に賞賛を送る役割を永遠に担わせようとしたりしているのだとしたら、それは自己愛性パーソナリティの手口です。
そういった役割を全うできなくなりそうになったとき、彼らは敵意を露わにしたり、隠していた攻撃性を彼女に向けてきたりするため、理解のある彼くんと思しき人と関わるときには注意が必要です。
攻撃性のなさ
小学校高学年から中高生の頃までを指して、反抗期と呼ばれることがあります。
思春期のこの時期に、他者、特に親や指導者に対して反抗し、子どもは攻撃性を身につけます。
例えば、感情を爆発させたり、規律を破ったり、髪を染めたりすることによって、攻撃性は表明されます。
理解のある彼くんは、こういった攻撃性を身につけないまま成人しているケースがあります。
攻撃性は身につけたのち、子どもは部活や集団といった大きな成果を得る場を通じて、それを表現する手立てを増やす必要が生じます。
チームスポーツで全国大会を目指すのもそういう場ですし、文化祭や旅行行事に取り組むのもそうです。
その中で攻撃性を表す最も一般的なものが自己主張であり、感情を抑えつつ、しかし多少攻撃的にもなりながら、意思表明を行う力を獲得していきます。
攻撃性を身につけていないと、この攻撃性の扱い方を知らないまま、社会に出ることになります。
すると、感情的になりやすい人と関わっても主張することができず、対立を避けたり過度に従順になったりしてしまいます。
このケースですと、ストレスやフラストレーションの処理方法が習熟していないため、我慢したり鬱憤を溜めたりすることにもなりやすくなります。
理解のある彼くんが急に態度を一変させたり、音信不通になったりしてしまうケースの背後には、攻撃性=悪と信じ、その表現方法を身につけてこなかった経緯があると考えられます。
まとめ
理解のある彼くんは、一見すると優しく、彼女のことを理解しているポジティブな存在のように捉えられますが、その関係性はいびつで歪んでおり、自立した成人としての人間関係とは似て非なるものです。
交際が順調なときには問題ありませんが、ひとたび関係に亀裂が入ったり、関係に翳りが見えたりするとそのいびつさが表面化し、攻撃的になって対話不能に陥ることも少なくありません。
成人として自立した関係を結ぶには、まず自身が心理的にも経済的にも自立し、強い感情や欲求に支配されないことが大切です。
理解のある彼くんを求めたくなるほど精神的な苦痛を抱えている方、理解のある彼くんとの関係を見直したいと考えられている方、また自分自身が理解のある彼くんのように抑圧的になってしまう方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。
※1 日本版かわいい幼児顔データセットの作成と検証 https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2022.819428/full
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