アダルトチルドレンとは、1990年代に日本で知られるようになった、親子関係に問題を抱えた人のことです。
言葉の響きから、「子どもっぽい大人」「大人になりきれていない大人」といった印象を抱かれがちですが、そのような意味ではありません。
その後、「機能不全家族」や「小児期逆境体験(ACEs)」といった概念が広まり、アダルトチルドレンという呼称は混乱を招くため、医療や福祉現場ではほぼ使われなくなりましたが、一般にはまだまだ使われている用語です。
生きづらさを感じやすいアダルトチルドレンについて、治療的観点を交えて解説します。
アダルトチルドレンの定義
アダルトチルドレン(adult children:AC)とは、虐待やネグレクトなどの不適切養育を受け、成人後対人関係に影響が出たり、精神疾患を発症したりする人のことです。
うつ病やPTSD、不安障害、気分障害、アルコール依存症といった疾患によって表面化しやすく、健康的な生活を送ることが困難だったり、仕事などの社会生活に支障が出たりします。
元々は1970年代、アルコール依存症の親を持つ子どもたちのことを指す言葉でした。
その後、定義が拡大され、機能不全家族の下で育った人全般を指すようになりました。
養育者からのトラウマティックストレスを経験した場合や、家庭内に支配と緊張が蔓延しており、家庭が心安らかな場所ではなかった場合も含まれます。
アダルトチルドレンの特徴
アダルトチルドレンの人は、以下のような傾向にあるとされます。
アダルトチルドレンの6つのタイプ
全てのアダルトチルドレンは、受動攻撃性パーソナリティの傾向を有します。
そのため、上からと感じられる言われ方や、目上の人とのコミュニケーションに並大抵でないストレスを感じます。
その中にもいくつかのタイプが存在するため、代表的なものをご紹介します。
ヒーロー(英雄)
努めてしっかり者・頑張り屋であろうとし、その成果を出してきたタイプです。
養育者や周囲の人たちからの期待を一身に背負い、有名中学や高校に進学したり、スポーツで良い成績を残したりします。
成人してからも養育者や上の立場の人に意見できず、別の人に甘えの形で不満を表出させることがあります。
スケープゴート(生贄)
「身代わり」を意味し、問題児や手のかかる人の立場をとります。
過剰に低い成績をとったり、遅刻やサボり、非行などの問題行動を行います。
家庭内に問題があるにもかかわらず、スケープゴートの人だけがそれを外部に表出し、他の家族は普通か、むしろ良好な態度をとります。
そのため、家族成員から見下されがちです。
ロスト・ワン(いない子)
家庭内であたかも「いない子」のように扱われ、自身でもそのようにあろうとするタイプです。
兄や姉の方が優秀で目をかけてもらえていたり、逆にひきこもりや精神疾患だったために手厚く対応されていたりすると、このタイプになります。
孤独感からネガティブな感情でいることが多くなり、そこから人と比べたり、他者の思考を飛躍して導いたりしやすくなります。
ケアテイカー(世話役)
小さい頃から他の家族に奉仕し、世話をし、ケアしてきた人です。
年少の弟妹の面倒をみることが多いです。
片方の親から愚痴を聴き、もう一方からも愚痴を聴くような役割を担うこともあります。
家庭が崩壊したり、家族が分裂したりしないよう一生懸命に献身するさまは、「小さなママ」とも呼ばれます(男女問わず)。
ピエロ(道化師)
家庭内の険悪なムードや食卓の緊張状態にいち早く気づき、話題を逸らしたり冗談を言ったりするのが、このタイプです。
顔色を窺うことが常態化し、社交の場では人並み以上に疲れたり、不満を溜めたりしがちです。
意見があっても言い出せず、不調があっても隠したり、不満を後からぶちまけたりしやすいです。
イネイブラー(支え手・慰め役)
特に親がアルコール依存症の場合、お酒を用意したり、酔い潰れた親を介抱したりするのが、このタイプです。
より事態を悪化させる方向へ尽くしたり、貢献したりすることをイネイブリングといいます。
成人してからも、親がすべき支払いを肩代わりする、同居しているホストやキャバ嬢に生活費を渡すなど、自己犠牲的で破滅的な方向への献身という形で表出することがあります。
アダルトチルドレンと目的意識
アダルトチルドレンの人の特徴として、目的を定められなかったり、設定したがらなかったりすることが挙げられます。
理由として考えられるのは、養育者や教師による夢の否定や嘲笑です。
夢や目的を話したのに、それを否定されたり嘲笑されたりすると、その体験がトラウマとなり、「こんな苦しい思いは二度とごめんだ」「決して人に内心は話すまい」といった決意に繋がります。
成人し、現実的にも考えられるようになり、頭ごなしに否定する人もいなくなったにもかかわらず、幼少期の体験がブレーキをかけ、目的を定めたり、そもそも目的について思考の焦点を合わせたりしづらくさせてしまいます。
アダルトチルドレンの治療において最も困難なのは、目的意識を持つことといっても過言ではありません。
そんなアダルトチルドレンの人に降って湧いたように現れる目的の一つが、子を産み育てることです。
これまで目的を持って人生を前進してこなかったアダルトチルドレンの人は、ここで急に「目的に向かって進むこと」を要求されるため、自分自身の統制を失うことが多いです。
アダルトチルドレンと子育て
アダルトチルドレンの人は、子育てのとき「自分の境遇と同じようにはさせまい」と力み、過剰に口出ししたり、統制したりしようとする傾向があります。
叱るべきタイミングで自分の叱られたことが脳裏をよぎり、甘やかしてしまうこともあります。
感情的になることに過度にブレーキがかかり、かえって鬱憤を溜め、手を出してから深く落胆することもあります。
「これは虐待ではないでしょうか」と罪悪感に駆られ、カウンセリングや子育て相談に何度も確認してしまう方もいます。
子どもの人生に自分の価値を見出そうとし、「理解のある理想的な親」を演じるあまり、子が思い通りにならないことに激怒したり、嫌味を言って操作しようとしたりする場合もあります。
あたかも親の一部であるかのように接された経験から、子どもとの間に適切な境界が引けず、「あなたはこういう人間」「うまくいかないのは言われたとおりにしないから」のように、支配的な関わりを再現してしまう方もいます。
こういった子育てにまつわるアレコレが煩わしくなり、また、「自分が親と同じことしないという自信がないから」といった理由から、出産について葛藤を抱えたり、出産と育児という選択肢を避けたりするケースも多く見受けられます。
アダルトチルドレンの原因
アダルトチルドレンの原因は、親をはじめとする養育者との関係です。
では、対人関係でなぜ成長後にまで影響するような状態に至ってしまうのか、マズローの欲求階層説を参考に説明してみます。
マズローの欲求5段階説とは?
人間性心理学の祖であるA.H.マズロー(Abraham Harold Maslow)による精神衛生に関する仮説が、欲求階層説です。
人間が人間らしく生きるための欲求を5段階に分け、低次のものからより高次のものを追求することを説明しました。
5層のピラミッドの図で知っている人も多いかと思います。
このうち、第1欲求「生理的欲求」と第2欲求「安全欲求」は、戦争や拷問、飢餓や貧困などによって欠乏する欲求といえます。
次の第3欲求「所属と愛の欲求」は家族や恋人、親友など、親しい間柄の人を持ちたいという欲求、第4欲求「承認欲求」はそれ以外の、その他大勢の人に注目されたいという欲求です。
第3、第4欲求は、どちらも対人関係に関する欲求といえます。
親との関係性がもたらす欠乏
アダルトチルドレンの人が「親との関係が悪くて」と言うと、あたかも第3欲求「所属と愛の欲求」の欠乏かと認識されがちですが、実際は違います。
幼少期に親からの支配を受けたアダルトチルドレンは、第2欲求「安全欲求」や、下手をすると第1欲求「生理的欲求」を剥奪された状況に置かれていた、と見るべきです。
第1欲求「生理的欲求」とは、よくいう三大欲求「食欲・睡眠欲・排泄欲」のことです。
ネグレクトを受けた子は食事を与えてもらえないことは想像に難くありませんし、親から食事を取り上げられたり、親の機嫌によって食卓のムードが険悪になり、食事が喉を通らなくなったりする可能性に怯えながら生活することは、第1欲求の欠乏(剥奪)に繋がります。
寝ていたところを起こされる可能性に怯えたり、起こされて説教されたりといった経験も、第1欲求の欠乏に当たります。
抱っこを要求して泣いてもしてもらえない、厚着させてもらえず屋内でも震えている、突発的な怒声や金切り声に怯えて安心できない、といった状況は、第2欲求「安全欲求」の欠乏です。
アダルトチルドレンの置かれた状況は、大人における戦時下や難民状態に匹敵し、それ故に成人後にまで、暗い影を落としてしまうのです。
アダルトチルドレンの治療
アダルトチルドレンは1970年代に提唱された概念であり、近年の疾病概念では複雑性PTSDや発達性トラウマといった病態に相当します。
トラウマ治療には、認知行動療法やEMDR(眼球運動を用いた脱感作と再処理)、TFT(Thought Field Therapy:思考場療法)の他、当院で実施しているブレインスポッティングも効果的です。
お困りの方はぜひ一度ご相談ください。
自助グループ
同じような境遇のアダルトチルドレンの人たちが集まり、今の困りごとについて話したり、感情的になりそうになったときの対処法を練習したりする場を、自助グループといいます。
普段の生活で関わる人たちにはなかなか境遇を理解してもらえなかったり、困りごとを打ち明けづらかったりするかもしれません。
自助グループに所属することで、自分に近い考え方の人と知り合えたり、多くの人がどう考え、どう対処しているのかを知れたりするため、苦痛の緩和や解消にも良い方向に作用します。
一方で、アダルトチルドレンであるが故に対人関係を築きにくく、感情的になって場がギスギスしたり、自分のしてきた苦労や不幸でマウンティングする人がいたりと、秩序の保たれたグループに出会うのも大変なようです。
グループの中でメンバーと関わり合いながら、主治医やカウンセラーと個別の悩みや考えを話し合えると、双方の良いところを上手に取り入れることができるでしょう。
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