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マズローの欲求5段階説 -誤解されやすい承認欲求や自己実現欲求を臨床心理士が解説-

A.H.マズローとは?

欲求5段階説は、米心理学者マズロー(Abraham Harold Maslow)によって提唱された、人間の心理的欲求に関する仮説です。
1943年の『人間の動機に関する理論』の中で発表され、1954年の著書『人間性の心理学』によって確立されました。

フロイトによって確立した精神分析、行動主義によって人間心理の解明を目指した行動心理学に対し、マズローの打ち出した学派は「人間性心理学」といい、第3勢力と呼ばれています。
その基幹理論である欲求5段階説は、「欲求階層説」「自己実現理論」とも呼ばれています。

マズローの欲求5段階説とは?

マズローは、人間は自己実現に向けて成長し続ける生き物であると仮定し、そこに至るまでの欲求と動機を5つに区分しました。 これが、欲求5段階説です。
欲求5段階説では、低次の、より根源的な欲求が満たされると、更に高次の欲求を満たそうとする性質が人間には備わっているとされています。

生理的欲求

第1欲求は、生きていくために必要な基本的・本能的な欲求です。
食欲・睡眠欲・排泄欲に相当し、これらが欠乏すると、精神だけでなく身体的にも異常が生じます。

安全の欲求

第2欲求は、怪我をしたり健康を損ねたりする状態を脱し、安心感を持って生きたいという欲求です。第1欲求以外の生理的・身体的欲求と言い換えてもいいかもしれません。
被服をまとうこと、暑すぎず寒すぎないこと、危害を加えられないこと、騒音にさらされないこと、痛みがないことなどを求める欲求です。

3K(臭い・汚い・危険)と呼ばれた労働環境は、この安全の欲求が欠乏した状況といえます。
代表的な第1、第2欲求の欠乏した状況というのは、戦時下や避難中、難民状態といったものであり、現代日本でこれらが本当に欠乏するのは、かなり限定的な条件下でだけ、といえるでしょう。

社会的欲求

第3欲求は、友人や恋人、家族や会社といった関わりの強い人、親しい人を作りたいという欲求です。
社会的欲求は、別名「所属と愛の欲求」「帰属欲求」とも呼ばれます。

新しい環境に置かれたとき、とりあえず気の合いそうな人に話しかけてみたり、人の輪に入ろうとしたりといった、いわゆる「群れる」ことを求める心理がこれに当たります。
社会的欲求が満たされないとき、人は孤独を感じます。

「所属した」という事実は大切ではなく、所属感があるかどうか、孤独を感じていないかがポイントです。

承認欲求

第4欲求は、所属している集団・グループ・社会の中で注目されたい、認められたいという欲求です。
別名「自我の欲求」とも呼ばれます。

こちらも社会的欲求と同じく、自分に認められた感覚があるかどうかが重要になります。

ひとえに注目といっても、ポジティブなものとネガティブなものがあります。

失敗したところを目撃される、悪い評判を広められる、逮捕者だと知られるといったネガティブなものは、注目されても恥や悲しみといった感情が生じるだけで、承認欲求は満たされません。
褒められたい、好かれたい、尊敬されたい、出世したいといったものが、承認欲求とされます。

自己実現欲求

第5欲求は、自分の世界観・人生観に基づいて「満たされたい」と願う欲求です。
最も分かりやすいところだと、「歌いたい」と思っている人が歌ったり、「踊りたい」と思う人が踊ったりするのが、自己実現欲求による行動です。

後述しますが、第1から第4までの欲求と第5欲求は、質的に全く異なります。

第1~4欲求は人間であればほぼ全ての人が抱いているとされる欲求ですが、第5欲求は人それぞれ異なり、該当する人もいればそうでない人もいます。
ただ、第5欲求の「ない」人というのもまたいないとされているため、5段階の最上位に位置づけられています。

意訳すると、お金をもらってでもやりたくない人もいるのに、むしろ進んでやりたいと思う行動への欲求が、自己実現欲求です。
歌うのが好きな人が歌手に、踊るのが好きな人がダンサーになるように、自己実現欲求が明確な人ほど、職業選択に迷いがなく、かつ充実した一生を過ごすことができると考えられます。

欲求5段階説への誤解

金銭欲は低次の欲求ではない

欲求5段階説は、経営学者の著書に取り上げられたことをきっかけに知名度が高まったこともあり、経営学や教育学、組織論やモチベーション理論によく登場します。
そこで挙がるのが、「お金を稼ぐことは第1、第2欲求を満たすため」という論調です。

確かに、お金を食べる物に使ったり、家賃に充てたりする人はいるでしょう。
しかし、それなら絵を描くための画材や描画ソフトにお金を使う人もいるでしょうし、後輩たちに奢り、尊敬を集めるためにお金を使う人もいるはずです。

お金を稼ぎたいこと、対価を得たいと思うことは、どの段階の欲求にもなり得ます
これは、「お金のために働くなんて低次だよ、もっと高尚な、人として崇高なもののために働くのがイイコトなんだよ」というメッセージを送りたい人による、欲求5段階説の歪んだ使い方です。

自己実現欲求は夢を叶えたい欲求ではない

欲求5段階説のうち、第1~4欲求を欠乏欲求、第5欲求を成長欲求といいます。
ここからも分かるように、第1~4欲求と第5欲求は根本的に異なる欲求です。

一例として、第1~4欲求には欠乏した状態があり、それが満たされていくとより高次の欲求へと移行します。
一方、第5欲求だけはその限りでなく、安全の欲求が満たされていなかろうが、何なら生理的欲求すら満たされていなくても、第5欲求は生じますし、それを満たすこともできます。

戦火に追われながらも時間を見つけて歌う人、空腹続きでも書きたいものを書き続ける物書き、寝る間も惜しんでダンスの練習をする人などは、第5欲求を満たすことが他の充足を必要としないということを教えてくれています。
発表当初は「低次の欲求が満たされるとより高次の欲求を満たそうとする」と言われていましたが、時代が進み、第5欲求はそれには当てはまらないことが明らかになってきています。

マズローは自己実現欲求を満たしている人の例として、客人(マズロー)に心尽くしのおもてなしをする家人を挙げています。

このことからも分かるように、「自己実現欲求」と「自己実現」もまた異なるものなのです。
そうでなければ、おもてなしをする人は客人をもてなすことで自己実現できた、ということになってしまうわけですから。

自己実現欲求は方向性のようなものであり、「私だけかもしれないけれど、はこれをしているとき、満たされるんだ」といったものです。
それに対して、自己実現とは「自己実現欲求が満たされ続けている状態・あり方」のことです。

歌唱の例でいえば、歌うことは自己実現欲求であり、歌い続け、スカウトの目に留まり、レッスンを受け、ようやく歌手としてデビューした瞬間が、自己実現ということになります。

欲求5段階説を説明している本やホームページで、自己実現欲求のことを「夢を叶えたい、潜在能力を発揮したい、才能を伸ばしたい、自分がなりうる最高のものになりたい、自分しかできないことを成し遂げたい、自分らしく生きたい、といった欲求」と説明しているものが散見されますが、これらは全て「自己実現」のことです。

自己実現欲求はもっと身近で、もっとありふれており、もっと手軽に、しかも普段から満たすように行動できる欲求です。
「自己実現欲求なんて自分には縁のないもので、どこかの立派で才能ある人だけが満たせるものだ」などと思わず、これまでの生活を振り返り、自己実現欲求の充足に向けて生きることを強くお勧めします。

低次の欲求が脅かされていると感じたらカウンセリングへ

欲求5段階説は、心理学だけでなく、経営学やマーケティング、教育学や医療、果ては自己啓発やスピリチュアル界隈まで、様々な分野に影響を及ぼした仮説です。

多くの人に幅広く利用された結果、恣意的に歪められて説明されたり、意図せず誤った印象のまま伝わったりもしてきています。
その最も有名なものが、「マズローによる図ではピラミッド構造ではない」でしょう。

そんな中でも重要な要素の1つが、生理的欲求と安全欲求が基礎であるという点です。

この2つが満たされていない状態では、人と繋がろうとか、人に認められたいとかいう欲求は生じず、欲求充足に働きかけても、ただ上滑りしてしまいます。
そして、現代日本でその欠乏状態が生じるのが、ブラック企業虐待家族です。

ブラック企業では、食事や睡眠の時間を削らされたり、上位者から脅しをかけられたり、場所によっては怒声や暴力を浴びたりと、第1、2欲求が欠乏した環境が横行しています。
虐待のある家庭でも、親からの支配で寝食を充分とれなかったり、突然の躾やヒステリックな説教が始まったりと、こちらも安全安心からはかけ離れた環境です。

どちらの環境下に置かれた場合でも、記憶はトラウマ化し、心身に異常をきたす確率が大幅に高まります。
欲求5段階説を正しく理解し、その上で生理的欲求・安全欲求の欠けたまま苦しみを抱えていらっしゃる方は、ぜひ一度、トラウマ専門院である当院にご相談ください。

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