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ACEs -幼少期の体験が人をもろくする-

幼い頃に過酷な家庭環境で過ごすと、複雑性PTSD(慢性的なストレスからくるPTSD)になる場合があります。
それだけではなく、逆境的体験は病気のかかりやすさや依存症のリスクを高めることが分かっています。

逆境的体験とはどういったものか、どんな病気や疾患のリスクがどれくらい高くなるのか、脳や神経系にはどのようなダメージがあるのか、ACE研究について説明します。

ACEsとは?

ACEsエーシーイーズ(Adverse Childhood Experiences)は、逆境的な子ども時代の体験・逆境的小児期体験・児童期逆境体験といった意味です。
子どもの頃に虐待や両親との離別など、逆境的な体験をしたかどうかとその後の健康上のリスクの関連を調査した、1998年のACE研究(ACE study)に端を発しています。

逆境的体験とは

ACE研究では、逆境的体験を7つのカテゴリに分類しました。

  1. 心理的虐待:罵る、非難する、嫌がらせを言われたことがありましたか?
  2. 身体的虐待:押す、掴む、突き飛ばす、ひっぱたくといったことをされましたか?
  3. 性的虐待:性的な仕方で触れる、触ることがありましたか?
  4. 家族の薬物中毒:アルコール/薬物中毒の人がいましたか?
  5. 家族の精神疾患:うつ、または精神疾患の人がいましたか?
  6. 母や義母の暴力被害:母親か義母は、押す、掴む、ひっぱたく、物を投げつけるといった行為を受けていましたか?
  7. 家庭内での犯罪行動:刑務所に行った人はいましたか?

現在では、更に3つを追加し、10のカテゴリに分類されています。

  1. ネグレクト(育児放棄):食べ物が充分にない、汚れた服を着ていたなどがありましたか?
  2. 支持的養育者の不在:誰も愛してくれない、大切と考えてくれないと感じたことがありましたか?
  3. 両親の離婚や両親からの離別:両親が離婚したりあなたを捨てたりしたことがありましたか?

ACE研究

肥満治療の専門医だったアメリカのフェリッティ(Felitti, V. J.)は、肥満治療プログラムに参加するものの減量に成功できない286名に原因究明を目的とした面談を実施しました※1
そこで驚くほど多くの参加者から幼少期のトラウマ、特に性的虐待の話が語られたことから、食行動はトラウマティックストレスの解消を目的としているのではないかと仮説を立てました。
これが、1998年に報告されたACE研究の始まりです。

フェリッティはACEスコアを作成し、生活習慣や嗜癖、疾病罹患リスクとの関連について調査しました。
その結果、ACEスコアが高いほど健康上のリスクが高くなることが分かりました。

ACEsと神経発達

ACEsと脳神経

ACEsは、脳神経や内分泌系、免疫系に悪影響を及ぼすことが知られています。
例えば、記憶の問題や集中困難、注意を切り替えたり情緒を安定させたりすることが難しくなると報告されています※2
こういった問題は学習に遅れを生じさせるだけでなく、学校生活での不適応を生じさせたり、新たないじめや暴力被害に巻き込まれたりすることにもなりかねません。

児童虐待は、感情制御に重要な役割を果たす前頭前野(prefrontal cortex:PFC)の容積を減少させる可能性が指摘されています※3
被虐待体験が、ストレスホルモンであるコルチゾールを増加させ、前頭前野の神経新生を止めてしまうのです。
前頭前野の容積が小さくなると、かんしゃくを起こしたり、不安や恐怖から情緒が不安定になったりします。

同じく被虐待体験は、長期記憶を司る海馬の容積を減少させることも知られています※4
海馬の容積が小さくなると、物覚えが悪くなるだけでなく、覚えたことを思い出しにくくなったり、忘れてしまった部分を作り話(創話)によって言い繕ったりすることも多くなります。

モチベーションや習慣化に関わる脳部位を報酬系といいますが、被虐待体験は報酬系の感受性も低下させます※5
報酬系の中でも、線条体と呼ばれる部分の感受性が低下すると、褒められたり物をもらったりしても嬉しさや達成感をあまり感じられず、次に同じ機会があっても同じ行動をとらなくなったり、繰り返し行動しないために行動様式が身につかなかったりします。

ACEsと自律神経

ACEsは過大なストレスが長時間持続する体験です。
ストレッサーに対抗できない、逃れられないと感じると人は圧倒され、自律神経系は“凍りつき”――背側迷走神経優位状態に入ります。
これは幼少期だけでなく、大人にも起き得る現象です。

“凍りつき”になると、外界からの情報を受け取る感覚は無感覚になり、一時的に麻痺したようになります。
血流低下から頭は真っ白になり、手足の末端は冷たくなります。
消化器官は過活動になり、下痢になります。
周囲から隔離された、疎外されたように感じ、行動を起こすこともできず、深い悲しみと絶望感を抱きます。

複数のACEsに長時間、長期間さらされると、この“凍りつき”に入りやすくなると言われています。
大人になってからもストレスがかかると“凍りつき”状態になり、対人関係を築きにくくなったり、会社やコミュニティでの適応がうまくいかなくなったりし、適応障害などの二次障害を引き起こしやすくなってしまうのです。

ACEsと健康リスク

ACEsの数はACEスコアによって測定され、全くなければ0、10のカテゴリ全てに該当すれば10となります。
スコアが多ければ多いほど、健康リスクが高くなるとされています。

肥満

逆境的体験の数が0の人に対し、4以上の人の肥満(BMI35以上)のリスクは1.6倍でした。
また、休日に体を動かさなくなるリスクも1.3倍だったといいます。
フェリッティらは、ACEが根底にあり、それが神経発達を混乱させ、社会や人の見方を変え、不健康な行動を増やし、疾患に至ると述べています※1

身体疾患

逆境的体験数4以上の人の方が、がんのリスクが1.9倍、心筋梗塞のリスクが2.2倍、脳卒中のリスクが2.4倍、慢性気管支炎と肺気腫のリスクが3.9倍、糖尿病のリスクが1.6倍高かったといいます。
これも、身体的に疾患にかかりやすい(脆弱性がある)こと、トラウマティックストレスなどによって健康的な行動をとれないことによると言われています。

他にも、性感染症にかかるリスクが2.5倍、50人以上と性交渉の経験を行うリスクが3.2倍高いと報告されています。
情緒的な不安定さを抱えていたり、心身を害する危険性の高い行動を選択しやすかったりする傾向があると考えられます。

薬物依存・依存性物質乱用

麻薬や覚せい剤などの薬物を使用するリスクが4.7倍、薬物注射経験者であるリスクが10.3倍高まります。
同様に、アルコール依存になるリスクも7.4倍高いといいます。
将来的に情緒的・社会的な問題を抱える確率が高まると言えます。

うつ気分

1年以内にうつ気分になるリスクが4.6倍高いと報告されています。
逆境的体験は体だけでなく、メンタル面でも脆弱性を抱えやすくなる可能性が示唆されます。
自殺企図を経験するリスクも12.2倍高かったと言われ、健康的な生活を送れないことを苦に自ら命を絶ってしまったり、その苦しみを長期間悩み続けたりするおそれがあります。

社会的なトラブル

逆境的体験の影響は心身の健康だけに留まりません。
高校中退するリスクが2.3倍、失業のリスクが2.3倍、貧困に陥るリスクが1.7倍高まります※6
周囲との間で社会的不適応を起こしてしまうこと、そこから更に心身の健康が害される確率が上がること、その治療に時間的・金銭的損失が出ることなどが想定されます。

PTSD

ここまで、逆境的体験というトラウマティックストレスとその影響について説明してきました。
一方、PTSDについては、逆境的体験の種類によって発症する可能性が異なるのか、脳にどのような影響ダメージがあるのかが報告されています。

例えば、性的虐待とネグレクトを比較すると、性的虐待被害者の37.5%がPTSDを発症したのに対し、ネグレクト被害者の30.6%がPTSDを発症していました※7
PTSDの生涯罹患率が1.3%であることを考えると、どちらも大変高いリスクがあり、その中でも性的虐待の方がより発症リスクが高いことが分かります。

また、脳容積に関して、性的虐待を受けた場合には、後頭葉にある視覚野の容積が低下していました※8
そして、DVを目撃した人も同様に、視覚野の容積低下が見られました※9
視覚野に影響があった人は、PTSDや解離症状が認められたといいます※10
脳への深刻な影響が出る逆境的体験を撲滅すること、そして、被害者ににこれ以上悪影響が出ないよう、早い段階でPTSD治療を受けられる仕組みを構築することが必要でしょう。

まとめ

小児期逆境体験(ACEs)は、脳や神経系、内分泌系や免疫系にまで悪影響を与える幼少期の体験です。
①心理的虐待、②身体的虐待、③性的虐待、④家族の薬物中毒、⑤家族の精神疾患、⑥母や義母の暴力被害、⑦家庭内での犯罪行動、⑧ネグレクト(育児放棄)、⑨支持的養育者の不在、⑩両親の離婚や両親からの離別、の10のカテゴリに分かれており、経験した数が多くなるほど、健康リスクや社会的な問題を引き起こしやすくなるとされています。

ACEsによってリスクが高まるものとしては、肥満をはじめ、がん、脳卒中、心筋梗塞、うつ、自殺、薬物依存、アルコール依存などが挙げられます。
社会的、情緒的、認知的な問題としては、学業不振、失業、貧困などがあります。

ACEsがトラウマとなって神経発達に問題をきたし、それが社会的、情緒的、認知の問題を引き起こし、健康を害する行動を選択するようになり、結果として疾患に罹患しやすくなると考えられています。
現在心身の健康に問題が生じている方は、過去にACEsがなかったか、確認してみると良いでしょう。

ACEsのように、成長過程にトラウマティックストレスを繰り返し受けた人の発症するPTSD、複雑性PTSDも昨今注目を集め始めています。
トラウマのある方は一人で抱え込まず、カウンセリングによって治療していくのも手です。

当時の苦しさや現在のやりきれなさを共有しながら、症状緩和に向けて一緒に治療していきましょう。

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※1 成人の主要な死因と幼少期の虐待や家庭内機能不全との関係:幼少期逆境体験(ACE)研究 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9635069/

※2 社会的に弱い子どもたちの認知機能の回復:ブカレスト早期介入プロジェクト https://lchc.ucsd.edu/MCA/Mail/xmcamail.2011_11.dir/pdfhw25VkTfoy.pdf

※3 親からの暴言への曝露は上側頭回における灰白質容積の増加と関連する https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20483374/

※4 幼少期の虐待と精神病理は思春期の脳の発達に影響を及ぼす https://www.jaacap.org/article/S0890-8567(13)00405-X/pdf

※5 反応性愛着障害の小児および青年における腹側線条体の機能障害:fMRI研究 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27703736/

※6 ACEsと人生の機会 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0190740916303449

※7 被虐待児やネグレクト児の成長後のPTSD https://www.childhelp.org/wp-content/uploads/2015/07/Widom-C.-S.-1999-Posttraumatic-Stress-Disorder-in-Abused-and-Neglected-Children-Grown-Up.pdf

※8 幼少期の性的虐待は若年女性の視覚野における灰白質体積減少に関連する https://www.nips.ac.jp/fmritms/publications/2009/Tomoda2009.pdf

※9 幼少期に家庭内暴力を目撃した若年成人における視覚野灰白質の体積および厚さの減少 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23300699/

※10 反応性愛着障害を有する児童および青年における幼少期の虐待の種類と時期および視覚野体積の減少 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213158218302304

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