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トラウマと性暴力

性暴力を受けた人は悲しみから茫然自失し、時に怒り、混乱と喪失感から自傷行為に走る人もいます。
性暴力は命を失わなかったというだけで人から尊厳と未来を奪う、最低の行為です。

性暴力の心理的影響について、被害者治療だけでなく、加害者とのカウンセリングで罪の意識を自覚させた経験もある臨床心理士が解説します。

背側迷走神経優位状態

自律神経系が背側迷走神経優位になるとこころとからだは凍りつきを起こす

性暴力を受けたとき、人の脳は正常な働きをしなくなります。
のちに被害者が「頭が真っ白になった」「何をされているのか分からなかった」と話すのは、噓偽りない真実です。

性暴力を受けているとき、人は凍りつき反応 freeze response と呼ばれる状態になっています※1
これは高次脳機能が停止し、自律神経系の中でも背側迷走神経複合体が優位になっている状態です。

性暴力によるトラウマの原因

ポリヴェーガル理論によって副交感神経は2つの神経枝に分かれることが分かった

凍りつき反応を説明する前に、自律神経系の最新理論であるポリヴェーガル理論について少し説明しましょう。

ポリヴェーガル理論は、交感神経と副交感神経のうち副交感神経にはお腹側(腹側)と背中側(背側)に伸びているものがあると提唱した理論です※2
この背中側の副交感神経(背側迷走神経)は発生学的に古い神経であり、魚類が大きな音のしたときに気絶したり動物が外敵をやり過ごすために死んだふりをしたりするときに働く神経です。

背側迷走神経優位の状態は擬死反応/強直性不動状態 tonic immobility とも呼ばれ、論理的に考える、先々のことを考える、過去の似たような状況を参照するといった高度な脳機能は停止し、からだとこころが停止します。
無力感と絶望感に襲われ、人との繋がりが全て絶たれたように感じ、感情が麻痺します。

レイプ被害時の凍りつき

性暴力被害と凍りつき反応

見知らぬ人に人気のないところに連れ込まれ、暴力とレイプを受けた人はまさにこの凍りつき反応(シャットダウン)を引き起こします。

まず背側迷走神経優位のときには声が出せなくなり、同時に体に指示を送る脳機能が停止します。
絶望感からただただ涙が出てきたり、何をされても感情が麻痺して何も感じられなくなったりするのも、凍りつきの典型的な反応です。

知人からの性被害による凍りつき

動物であれば、背側迷走神経優位になったら死んだふりをし、脅威が去った後は身ぶるい一つで元の状態に戻るでしょう。
しかし、人間は背側迷走神経優位になったからといって失神することができないケースの方が多いのです。

動物と違い、人間は凍りつきに入った後でもそれまでの経験で身につけた社会適応的な行動を取ることが確認されています。
知人から性暴力を受けたとき、「せめてコンドームだけはつけて」と言ったり、行為後にむしろこれまでどおりの対応を続けたり被害を訴えなかったりするのがこれに当たります。

普段どおりにしていた、誰にも話さなかったからといって凍りつきが起こっていなかったわけではないのです。

痴漢被害時の凍りつき

痴漢行為を受けたときにも背側迷走神経優位の状態になります。
電車内で触られたり局部を押しつけられたりしたとき、悲鳴を上げたり助けを呼んだりできないのは凍りつき反応のためです。

進化神経学的には発声とは哺乳類のコミュニケーション手段であり、背側ではなく腹側迷走神経複合体に由来する行動です。
背側迷走神経優位のときには喉が閉じ、心拍と呼吸は不規則になるため、正常なときにはとれていた対処行動がとれなくなります。

街中で露出狂に出くわしたときも同様で、走って逃げる、防犯ブザーを鳴らす、大声を出すといった対処が「何をされるか分からない」というたった一つの考えから行動に移せなくなります。
そしてどんな性暴力でも、ひとたび凍りつきを起こした側は神経系に損傷を受け、その後凍りつきに入りやすくなったり「本来そのとき行いたかった行動」としての号泣や絶叫を発作的におこなったりするようになります。

夜道で後ろから足音がするだけで凍りつきが起こり、その場でへたり込んだり悲鳴を上げてしまったりする人もいます。
そのような反応が出ること自体が怖くなり、夜に外出できなくなったり付き添いがいないと家から出られなくなったりもします。

人ごみや満員電車を避けるようになり、仕事でもプライベートでも行動範囲が極端に狭まります。
神経系がコントロールを失っているので理性でどうにかできるものではないのですが、できないことから自分を責めてしまい、追い詰められたような感覚がストレスとなって、更に凍りつきが起きやすくなります。

トラウマに「なぜ」は禁物

性暴力は被害の後にも相手の人生に暗い影を落とす

性暴力を受けた人に「なぜ逃げなかったのか」と問う人がいます。
「なぜ逃げようとしなかったのか。相手を受け入れていたのではないか。自分の得にもなるという考えが全くなかったと言い切れるのか」というわけです。
品性下劣にして軽率な発言と言わざるを得ません。

トラウマ(ショックトラウマ)を受けた人に「なぜ」は禁物です。
仮に素朴な疑問として「なぜ」と問いかけていたとしても、問われた側はなぜ逃げなかったのかを振り返り、ストレス状況下の心理的・生理的反応を再び体験してしまうからです。

まして「なぜ」にはたいてい、トラウマを受けた人の行動をあざけったり責めたりする意図が含まれています。
被害者の自責を強め、傷ついたこころとからだを更に傷つけてしまうのが「なぜ」です。

レイプ被害者が心身ともに弱っているところにつけ込んで別の人がレイプすることを、セカンドレイプといいます。
「なぜ」はこころのセカンドレイプであり、しかもそれは神経生理学的な反応を再燃させるものであることは臨床家でない方にも知っておいていただきたいと思います。

からだから治すトラウマ治療

凍りつきを起こした身体はその後ことあるごとに凍りつきを起こしやすくなります。
それは、凍りつき反応病的なものではなく神経生理学的に正常なものだからです。

太古、哺乳類がまだ恐竜や大型獣の足元を走り回っていた頃には凍りつきは”死んだふり”として生体を生き延びさせるための重要な機能でした。
過剰ではあるけれど正常な身体反応を治すには、言語を中心とした治療ではなく身体から治す治療が必要です。

当オフィスでは、トラウマ治療としてブレインスポッティングをおこなっています。
ブレインスポッティングは視点誘導を用いるソマティック(身体)心理療法であり、過去の出来事を詳細に話さなくても施術できるところが特徴です。

性被害に限らず、トラウマ記憶や凍りつき反応にお困りの方は、当オフィスにご相談ください。

※1 レジリエンスを育む―ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒, K.L.ケイン(著) S.J.テレール(著) 花岡ちぐさ(訳) 浅井咲子(訳), 2019 https://amzn.to/3hjgTE8

※2 ポリヴェーガル理論入門: 心身に変革をおこす「安全」と「絆」, ステファン・W・ポージャス(著) 花岡ちぐさ(訳), 2018 https://amzn.to/3hjgCB6

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