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トラウマと凍りつき

横断歩道を渡っているとき、数メートル先のトラックから大音量のクラクション音が「プァーーーーーーーーー」と鳴り響きます。
身の安全を考えればすぐさま横断歩道を渡り切って避難するべきですが、多くの人がその場で足を止めてしまいます。

道路の真ん中で頭が真っ白になってしまうこのようなとき、人間は神経生理学的な凍りつきに陥っています。
ここでは、後々PTSDに発展する可能性もある凍りつきについて解説します。

凍りつきは自律神経系の急激な停止反応

脅威に対する自律神経系の反応

3つの自律神経の状態

人はストレスに直面したとき、すぐさま凍りつきを起こしてしまうわけではありません。
正常なストレスへの対処として、自律神経系は3つのレベルで推移するとされています。

まず最初の反応として、コミュニケーションをとったり友好的に接したりするといった社会的関与を行います。
このとき自律神経系は腹側迷走神経優位という状態であり、発声するために喉を開き、敵意がないことを示すために笑みを浮かべ、肺と心臓はそれを援護するように規則正しいリズムを刻みます。

脅威に対して適切に対処できているときの自律神経

社会的関与のレベルで対応できないと判断すると、次いで可動化の反応に移行します。
肺と心臓は一転して速度を速め、血流量と血糖値を高めて戦うか逃げるかのために俊敏な行動がとれるように準備します。
脳内ではアドレナリンが分泌され、心理的には警戒心が高まり、イライラしたり怒ったりしやすくなります。

可動化のレベルを超えて「もう逃げられない」と判断されたときに不動化に移行し、凍りつき反応が出現します。

凍りつきに入ったときの自律神経

この3つのレベルは動物が進化の過程で獲得した自律神経の防衛システムであり、ヒトが後天的に獲得した大脳新皮質や前頭前野による理性よりも、強力に体のコントロールを支配します。

凍りつきのときに起こる症状5選

腹側迷走神経の機能低下と背側迷走神経の機能過剰が同時に起こる

全身の緊張

首や肩がすくむような感覚に襲われ、体全体が緊張します。
トラウマ場面が頭に浮かんでいるときには緊張が一瞬ではなくしばらくの間続くため、体が痛くなってくることもあります。

特に多く見られるのが頭痛と関節痛です。
緊張性の頭痛が起きやすくなったり、体の節々が痛むようになったりします。

緊張から目の瞳孔が開き、目が乾きやすくなったり視線を自由に変えられないように感じたりもします。

のどの詰まり感(ヒステリー球)

気道がしめつけられたりのどに異物が詰まったように感じたりします。
呼吸の頻度がゆっくりになる一方、浅い呼吸のために酸欠になったような息苦しさを感じます。

「息をすることを忘れていた」という人もおり、眠気を感じたり顔から表情が消えたり、その場でうずくまってしまったりすることもあります。
この状態が長く続くと、食欲とは関係なく食事がのどを通らないような感覚に陥ります。

寒気と震え

心拍数が減少し血圧が低下するため、血液循環が悪くなります。
指先が冷たくなっていき、震えが生じます。

背筋が凍るような「ゾッとした」感覚になり、「怖い」と感じて足がすくむようになります。
背中や全身から冷や汗が出るような感覚を覚える人もいます。

現実感の喪失

自分の体のコントロールを失ったような感覚によって、「今、ここ」にいる実感がなくなる場合もあります。
離人感(あたかも自分の体が自分のものではないような感覚)を感じたり、体が何かに触れているのかいないのか分からず、感覚が麻痺してしまうこともあります。

体を失ったような感覚から生きている実感が限りなくゼロになり、身体イメージが消散した状態(解離)を起こす人もいます。
現実感を引き戻そうとしてリストカットや体を壁に叩きつけるなどの自傷行為を働く場合もあります。

自己破壊行動

凍りつきを何度も起こすことで自信喪失や自暴自棄に陥り、自分の体を痛めつけたり破滅的な行為に走ったりするケースがあります。
直接的な自傷の他、ジャンクフードや人工飲料を暴飲暴食する、毎晩のように飲酒する、薬物に手を出す、暴走行為やギャンブルといった身を滅ぼす可能性のある行動をとる等がこれに当たります。

凍りつきの原因

3つの代表的な凍りつきの誘発要因

本能的に脅威を感じる刺激によって凍りつきは引き起こされます。
「行動しても危機から逃れられない」と体が判断したとき、凍りつきは起こります。

最も凍りつき反応を引き起こしやすい条件は、薄暗い場所や真っ暗な場所です。
明るければ遠方まで見えますが暗いとそれが見えず、トラウマ記憶のある人は暗いことに条件づけされて凍りつき反応を起こすことがあります。

同じく視覚刺激として、人の顔や表情によっても凍りつきを起こすことがあります。
脳の扁桃体(不安や恐怖などネガティブ感情を司る部位)は人の顔や顔らしきものに反応する性質があるため、怯えた顔、怒った顔、大きく口を開けて叫んでいる顔などは扁桃体が活性化し、自律神経も脅威と判断してシャットダウンに入ってしまいます。

大音量による聴覚刺激も、凍りつきを引き起こします。
爆発音や破壊音はもちろん、トラウマ記憶を持っている人の自律神経が「大音量だ」と判断した音も凍りつきを誘発するので、ドアが音を立てて閉まる音、テーブルをコツコツ規則的に叩く音などでもシャットダウンに入ってしまう人がいます。

黒板を爪でひっかくような高音や甲高い人の叫び声から、シャットダウンを起こす人もいます。
ただ、高音よりも重低音――地響きや地鳴りのような振動や重量感のある足音、ドラミング音などの方が大型獣の襲来を想起させるためシャットダウンに入りやすいようです。

寒さや冷たさも凍りつきのトリガーになり得ます。
また、きめが細かく肌触りの良いものに触っているときよりも、きめが粗くざらざらとした素材に触っているときの方が脳は「冷たい」と錯覚するため、凍りつきを引き起こすリスクが高まります※1

同様に、冷たい言葉、冷たい視線、平坦な抑揚の話し方なども脳内では触覚的な冷たさを感じているため、相手を凍りつかせたくないのであれば、できる限りそういった対応は避けた方がいいでしょう。

トラウマになる人・ならない人

社会適応的な行動をとると後からトラウマとなる

トラウマ症状の機序も自律神経系のメカニズムも最近明らかになったことが多く、またその全容も全て解明されたわけではありません。
しかし、トラウマ化しやすい人としづらい人には行動傾向に差があると臨床経験から考えています。

後々トラウマ症状を呈している人は普段から常識的な行動が身に染みついており、ショッキングな出来事が起きた後も社会適応的な行動をとってしまい、後になって凍りつきを始めとする症状が出現するようです。
一方、ショッキングな出来事が起きたときに凍りつきを起こしたり、いっそ失神したり気絶したりしている人はトラウマ化しないで済んでいることが多いです。
このことは、トラウマと性暴力の関係に顕著です。

また、脅威と感じるかどうかにも個人差があり、脅威を感じやすい人もトラウマ化しやすいと言えます。
特に自閉症スペクトラム障害(ASD)を始めとした発達障害の人は、安全安心を感じる範囲(”耐性の窓”)が狭いことがラットの実験でも疾病統計でも明らかとなっており、トラウマにもなりやすい傾向があると考えられます※2 ※3 ※4

叱るとき怒ってはいけない理由

叱っている側の認識
叱られている側の認識

何かを伝えようとするときに怒ってしまうと、相手には伝えたい内容より「怒っている」というインパクトの方が伝わってしまい、中身が伝わらないまま相手は同じミスを繰り返してしまうことになります。
怒った顔、大きな声、感情的な抑揚などによって相手が凍りつきに入ってしまっては肝心なことが伝わらないばかりか、相手のその後の人生にも悪影響を及ぼしかねないようなトラウマを残してしまうことにもなりかねません。

同じようなことは子育ての場面でも起こります。
怒って𠮟りつけると叱られた側は凍りつきから高次脳機能が停止してしまいますし、叱る側はやたらにエネルギーを浪費しただけで終わってしまいます。

相手を凍りつきに陥らせないようにするためにも、注意や叱責は怒らずに話せるときに行うようにしましょう。

トラウマ治療は専門家へ

「トラウマになったら話を聴こう」というキャッチコピーが日本では長い間信じられてきました。
これは傾聴が手軽に行えることと、傾聴スキルしか持たないカウンセラーが大多数だった頃の負の遺産です。

トラウマと凍りつきのメカニズムが解明されつつある今、語りはかなり回復している人には有効な反面、凍りつきや自律神経系の症状が出現している人にはかえって悪化させる場合もあることが分かってきました。

トラウマ治療は理論と実績のある専門家に相談しましょう。

トラウマから解放されると、生理状態に変化が生じます。
血流が良くなり、体に空気が入ってくるような爽快感を感じ、心地よさを感じます。
こころとからだの麻痺がとれ、視界が明るくなり、温もりを感じられるようになり、新しい体を手に入れて生まれ変わったように感じると言ってくれた人もいます。

様々なトラウマの解消をご希望の方は、一度当オフィスにご相談ください。

※1 皮膚感覚と脳(2017), 山口創, 日本東洋医学系物理療法学会誌 42(2), 9-16 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsop/42/2/42_9/_pdf

※2 自閉症モデルラットにおけるストレス性不安行動と中脳ドパミン神経の関係(2008), 中谷康司, 関由成, 東邦医学会雑誌 55(5), 420

※3 自閉症モデルラット胎生期におけるセロトニン神経系の形態異常(2011), 大薮明子, 太城康良, 江藤みちる, 大河原剛, 成田正明, 解剖学雑誌 86(2), 55

※4 ストレス関連障害を示す発達障害(2015), 林剛丞, 江川純, 染矢俊幸, ストレス科学研究 30, 10-15 https://www.jstage.jst.go.jp/article/stresskagakukenkyu/30/0/30_10/_pdf/-char/ja

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