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虐待の後遺症

ここでは、虐待を受けたことによって心身に生じる不調や対人関係上の課題を説明しています。
取り上げている事象全てが虐待を受けた人に起こるわけではないことをご留意の上、お読みください。

虐待とは?

虐待とは、子にとって有害な関わり全般を指します。
虐待は児童虐待防止法によって規定され、次の4つのいずれかに該当します。

身体的虐待:首を絞める、投げ落とす、熱湯をかける、風呂で溺れさせる、逆さ吊りにするなど

性的虐待 :わいせつな行為をしたりさせたりする、ヌード写真を撮って販売するなど

ネグレクト:著しい減食、長時間の放置、同居人からの虐待を庇わないなど

心理的虐待:存在を否定するようなことを言う、兄弟間で差別する、拒絶する、DV目撃など

虐待はしつけとの区別がつきにくく、2000年の児童虐待防止法制定前ともなれば、虐待する側だけでなく虐待される側でさえ、「あれはしつけだった」と認識していることがよくあります。
虐待を受けたその時期に心身に影響がなくても、成人後に後遺症のような形で虐待の影響が現れる場合があります。

凍りつき状態

むなしさ・空虚感

虐待の加害者から離れても、慢性的な空虚感や悲壮感が続いてしまうことがあります。

特に何も言われたり命じられたりしていないにもかかわらず、「これからどうしたらいいんだろう」「楽しさって何だったっけ」と空しくなります。
父親から嫌そうに「やれ」と言われたり、母親の顔色を見て先回りして動いたりしなくなったことで、途方に暮れたようになってしまうのです。

思考や行動の停止

誤解や非難を受けたとき、思考が固まったり体が硬直したりしてしまい、反応できなくなります。

思考レベルでは、他者の否定に対して過剰に「否定してはならない」と考えてしまい、訂正したり誤解を解いたりしなくなります。
結果、他者の言いなりになり、やりたくないことや違法性の高いことをやらされる場合もあります。

うつ気分

虐待を受けた人はうつ状態にもなりやすいといわれています※1
気分の落ち込みや興味関心の低下はもちろん、心理的な症状ととして物事の否定的ネガティブな側面にしか目が向かなくなりがちです。

自分の境遇を嘆いたり、事の大小を問わず悪い方・暗い方に物事を捉えたりします。
結果、気持ちも下がり、活力も低下します。

ネガティブになったことで他者からされたことを被害的に受け取ったり、被害的な言い方をしやすくなったりします。
作業について説明や注意を受けたときに「自分への嫌がらせのためにあんな言い方をしたんだ」と言ったり、遠くからこちらを見られたことを「自分が何かおかしいから見られたんだ」と思ったりします。

反対に、自分のしたことを加害的に感じることもあります。

手伝ってもらったことを「手間をかけてしまった」と表現したり、人員の一人として数えられていることを「お邪魔しているようですみません」と申し訳なさそうにしたりします。
自虐的になったり卑屈に捉えたりする人が多いです。

凍りつき状態の原因

自律神経系のうち、迷走神経背側はいそく運動核(背側迷走神経)が活性化するのが、空虚感の生じる一因です。

背側はいそく迷走神経は、通称”凍りつき”の神経と呼ばれ、これが優位になると、周囲との繋がりを感じられず、孤独感が強くなります
虐待を受けた人は、生存を最優先した結果、この背側はいそく迷走神経が優位になりやすいといわれています。

また、慢性的な空虚感には、ホルモンも関わっています。
安心感を感じているとき、ヒトは腹側ふくそく迷走神経複合体が優位に働き、同時にオキシトシンというホルモンが分泌されます。

オキシトシンは安心感や愛情を感じる元となるホルモンであり、哺乳類が子に授乳しているときなどに産生されます。
腹側ふくそく迷走神経が働かず、オキシトシンも分泌せずにいると、安心感がなく、内心そわそわしたような状態になります。

人に悪いことをしているような感覚

ある人と不仲になったり別離したりしても、それだけではどちらに非があるか、どちらにも非があったかは分かりません。
ただ、同じようなパターンで関係がうまくいかなくなるとしたら、何か自分にも良くない傾向があるのではと考えたくなるものです。

虐待を受けていた人はこういった考えや感覚を抱きやすいことがあります。
それは、被虐待者が下手したてに出やすく、長期的な関係を結べた経験が「まず下手したてに出る」から始まったものしかないからです。

人間関係は相手主導で始まることもあれば、自分主導でのこともあります。
被虐待者は相手主導で関係形成することが多く、すると自己肯定感の高い人や自分本位の人と関わる頻度が多くなります。

そのうち、自己肯定感の高い人は下手に来られたり卑屈になられたりすることに居心地が悪くなり、被虐待者から離れていきます。
結果として、被虐待者は自分本位の人としか関係が長続きしていない(かのように見える)ため、関係の解消の仕方が「強い感情を伴って言う」しか経験しなくなる場合が多いのです。

本当の気持ちが何か分からない

三大欲求という言説に代表されるように、一般の人は欲求と感情を抱きながら生活しています。
一時的に集中したり没頭したりすることはあっても、時間をおけば何を感じているか、何を欲しているかが分からなくはならないものです。

被虐待者は、欲求や感情といった自分の気持ちのようなものが分からないことがあります。

欲求や感情を感じられなくなるのは、体と脳の連絡がうまくとれなくなるからです。

脳は腹内側ふくないそく前頭前野というところで体の情報を受け取っていますが、先の”凍りつき”状態になると体からの感覚情報を受け取れなくなり、感覚や感情も感じづらくなります。
お腹が減っても手が怒りに震えていても、それを「空腹」「怒り」とは感じられないわけです。

虐待を受けている間は、この”凍りつき”状態が有効に働きます。

空腹のつらさを感じても満たしようがないわけですから、つらさを感じない方が楽にしのげます。
怒りを感じても力では敵わなかったり、喜びを感じても共有できなかったりする状況では、感情を感じない方がスムーズに事が運びます。

被虐待者はこの傾向を状況が変わってからも引き継いでいるのです。

戦うか逃げるか反応

自傷・自己破壊行動

虐待された過去を持つ人は、これまで抑えていたものがせきを切ったように噴出し、怒ったり攻撃的になったりします

一般的な感情表出と異なり、感情のままに自分の頭や大腿を叩いたり、喉が張り裂けんばかりに叫んだりと、自分の体を傷つけることがあります。
自分を罰したいようなときに自傷することもあれば、単に感情の矛先を向けようがなく自傷することもありますし、自傷を目にした人から援助や慰めを引き出そうとして行うこともあります。

リストカットのような自傷行為を行うこともあります。
これも動機は様々ですが、切ることで痛覚に注意を向け、それまで囚われていたことから意識を逸らし、スッキリしたり平静を取り戻したりするために行う手段になっていることが多いようです。

こうした行為が高じ、飲酒や危険運転、度重なる整形や薬物乱用といった自己破壊行動に至ることも少なくありません。

攻撃的になる

些細なことで怒りやすくなり、他者に手をあげたりひっぱたいたりする人もいます。
「本当の自分はこんなじゃないのに」と思いつつ、怒りやすくなった自分を制御できず、人を罵倒したり喧嘩腰になったりしてしまいます。

そうなる自分に自己嫌悪し、自罰的な気持ちになったり、向こう見ずな行為に走ったりもします。

戦うか逃げるか反応の原因

イライラしたり怒ったりしているときの自律神経は、交感神経優位になっています。
交感神経優位の状態は”戦うか逃げるか反応”とも呼ばれ、活動性は高まりますが攻撃的になり、感情が高ぶりやすくなります

虐待を受けていた人は安心して落ち着いている状態になりにくく、一方で警戒心の強い交感神経優位の状態に留まりやすくなっています。
虐待されなくなってからもそれが補正されていない場合、周囲への警戒心が苛立ちや怒りとして表れ、攻撃性や易怒いど性として出現するのです。

これらには先の”凍りつき”状態(背側迷走神経優位)と、”戦うか逃げるか”反応(交感神経優位)の両方が関わっています。
それぞれの状態を反復横跳びのように行ったり来たりすることで、感情も目まぐるしく乱高下するのです。

“凍りつき”状態のときには感情は落ち込み、一人取り残されたような孤独感と寂しさ、この状態が一生続くかのような絶望感を感じます。
そういったネガティブな感情を更に否定しようとしたり、「そんな自分は責め苦を負わなければならない」と考えたりしたことで、今度は感情が高ぶり、一転して自分を攻撃し始めるのです。

解離

虐待は当然苦痛を伴う出来事であり、一刻も早く忘れたい記憶でもあります。
それは脳にとっても同様であり、意識下レベルでの記憶の「改竄かいざんが行われます。 これが解離です。

解離は主に2種類あり、1つは単に出来事を忘れる解離性健忘けんぼう、もう1つは忘れた上で記憶を書き換える解離性同一性障害(多重人格)です。

解離性健忘けんぼうは、単なる物忘れのようなものではなく、あたかも経験したことなどないような実感を伴っている状態です。
一般的に忘れにくいとされているエピソード記憶が脳に特に何の異常もなく忘れられる障害であり、詳しいことは分かっていません。

解離性同一性障害は、過去の出来事に対処するもその実感がなく、後から思い出したときに対処したのが自分ではなかったかのように感じ、「自分ではない人格がそれをおこなったのだ」と脳が辻褄つじつまを合わせる現象です。
被虐待者は虐待時の記憶について解離を起こすことがあり、後年には全く苦痛のない記憶でも解離を起こす場合があります。

解離の原因

解離現象についてはまだ未知の部分が多く、再現性もないため脳内で何が起きているか詳細は不明です。
ただ、解離を起こすような出来事のときには、自律神経系が”凍りつき”状態であったのではないかという説があります。

身体感覚を脳が受け取れておらず、そのため感情や感覚が当時”なかったように”記憶される凍りつき状態のために、後から思い出すことができなかったり、あたかも別人が行動したように記憶されたりするのです。

身体症状

睡眠障害

慢性的な寝つきの悪さや起床困難が出現することもあります。

考えが頭を巡ってしまって眠りに入れなくなったり、虐待のことが夢に出るので眠ることを避けたくなったりします。
また、目は覚めるけれど体を起こせなくなったり、活動する準備を始めようとすると強い虚脱感や倦怠感に襲われたりすることもあります。

睡眠障害の原因

不眠や起床困難にはストレスホルモンであるコルチゾールが関わっています。

本来なら就寝時間が近づくにつれて低下していくはずのコルチゾールが高値のままだと、体も脳も覚醒状態になり、眠る気になれません。
コルチゾールは先の交感神経優位へのスイッチにもなるため、気が立ったりむしゃくしゃしたりしやすくなり、より眠りづらくなります。

朝は逆に、覚醒を助けるはずのコルチゾールが高まってこず、目が覚めても体が活動モードにならず起き上がれなかったり、重だるく感じたりします。
虐待を受けていたときは体に鞭を打って無理矢理行動していたものが、虐待を受けなくなって本来的な体の機能しなさが露呈してしまうのです。

身体化症状

被虐待者は急に体調を崩しやすくなったり、体の症状が出るようになったりもします。
最もよくある症状が頻脈であり、それに過呼吸も加わってパニック発作が出ることが多くあります。

急に肌が荒れたり、蕁麻疹じんましんのような湿疹が起きたりすることもあります。
風邪などの感染症にかかりやすくなることもあります。

身体化症状の原因

身体化症状にもコルチゾールが関連しています。

交感神経優位になりコルチゾールが多く産生されると、一時的には免疫(生体防御機構)が高まりますが、その後しばらくするとそれが治まり、コルチゾールの出る前よりもむしろ免疫機能が落ちた状態になります。
被虐待者はあまりにコルチゾールの多い状態に頻繁になるため、その反動も大きくなるのです。

虐待に関わる精神疾患

複雑性PTSD

「虐待」という言葉の響きから、虐待を受けた人の問題は長く子どもの問題と認識されてきました。
しかし、虐待の後遺症は成人後も続く問題であり、近年ではそれが複雑性PTSDという疾患名で認知されるようになってきています。

虐待をトラウマ体験と捉え、早期にトラウマ治療を受けることが望ましいでしょう。

小児期逆境体験

また、虐待を受けた人はアダルトチルドレンと呼ばれ、その後遺症がどのように出現するのか、虐待を受けていない人の体調とどれくらい差があるのかははっきりとしませんでした。
それが近年、医療的観点からACEs(小児期逆境体験)という概念が提出され、うつ病や自殺しやすさと関連することが分かってきました。

虐待の後遺症は健康な生活を脅かす深刻な問題です。

まとめ

虐待の後遺症である複雑性PTSDは、今回挙げた症状だけでなく、感情調節の困難さや人格変容にまで至る可能性のある精神疾患です。
この診断名も2018年にようやくWHOの診断基準に採用されたところであり、日本の精神科・心療内科で広く使われている診断基準(DSM-Ⅴ)にはまだ採用されていません。

診断名が採択されても、そこから治療法が確立したり、社会的な支援に繋がったりするのはまた更に先でしょう。

当オフィスでは、PTSDだけでなく複雑性PTSDへの治療も適宜実施しています。
虐待や加害のトラウマ記憶を治療したい方は、ぜひ一度ご相談ください。

※1 成人の主要な死因と幼少期の虐待や家庭内機能不全との関係:幼少期逆境体験(ACE)研究 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9635069/

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