「うつを客観的に診断する方法ってないの?」
「なぜ病院ごとに診断が変わるの?」
「病名がいくつもつけられるのはなぜ?」
「診断されたのに治療法がないなんてことあるの?」
心療内科には、こういった診断についての疑問を持つ方の問い合わせがよく寄せられます。
うつ病の原因は分かっておらず、脳のどこにどんな病変が起きるかもはっきりとは分かっていません。
では、心療内科では何のために、どうやって診断しているのでしょうか。
精神疾患の診断とは何なのか、何のために診断するものなのかを説明します。
DSMは仮の診断
世界的に使用されている精神疾患の診断基準に、DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:精神障害の診断・統計マニュアル)があります。
精神疾患の基本的な定義がされており、元々はアメリカ精神医学会から出版されましたが、現在では日本を含め国際的に使用されている診断の手引きです。
現在は第5版が出版されており、2022年春にはその改訂版が日本でも出版される予定になっていますが、これは元々、仮の診断名をつけるためのマニュアルでした※1。
DSM以前はそれぞれの国が、それぞれの見立てで、各医師の直観に従って病名をつけていたのです。
例えば、同じ人を診断する場合でも、ある医師は「出世うつ」と診断し、別の医師は「内因性うつ」と診断し、また別の医師は「大うつ病性障害」と診断する――そういったことが世界中で起こっていました。
このままでは世界中にどれだけの人が「うつ」なのかも、「うつ」と「その他の精神疾患」が併存しやすいのかそうでないのかも、統計的には調査することができませんでした。
そこで、基本的な定義から仮の診断名をつけ、どの疾患がどのくらいいるのかを明確にするために作られたのがDSMなのです。
DSM以前だと、「あなたはうつになるようなきっかけもないみたいだし、うつなら食欲減退するところでむしろ食欲も体重も増えているみたいだから、うつではないですね」と仮病扱いされていた人が、DSMによって病気の状態が整理され、きちんと病気として診断された結果、適切な治療を受けられるようになりました。
また、DSMでは患者に治療的介入を行い、その反応によって診断を変え、また介入してみて診断を変えていく操作的診断という手法を採用しています。
精神疾患の診断名が初診のときと転院するときとで異なったり一定ではなかったりするのには、こうした事情があります。
診断は治療のためのラベリング
では、なぜ仮の診断名をつけるのでしょうか。
それは、確定診断であれ仮定の診断であれ、「〇〇病として治療する」ということを客観的に示すためです。
工場の製造ラインでたとえてみましょう。
ある鉄板があったとき、これが自動車のベルトコンベアに乗れば自動車として完成しますし、エアコンのベルトコンベアに乗ればエアコンとして完成します。
医学的診断も同様です。胃がんの診断がつけば胃がんの治療が施されますし、白内障の診断がつけば白内障としての治療が施されます。
仮に胃がんも白内障もわずらっている人がいたとしても、「どのベルトコンベアに乗るか」によって、完了したときの状態は異なります。
胃がんのベルトコンベアに乗せられた人が「白内障は治っていないじゃないか!」と言い出したら、「それは胃がんのベルトコンベアだから……」としか返せないことでしょう。
精神疾患の場合も本質的には同じです。
「Aの心療内科ではうつ病と診断されたが、Bの心療内科ではパーソナリティ障害と診断された」ということは充分に起こり得ます。
ただ単にAの心療内科ではうつ病のベルトコンベアに、Bの心療内科ではパーソナリティ障害のベルトコンベアに乗せられた、ということに過ぎません。
Aの医師は気分の落ち込みを「うつ病からくるもの」と考え、Bの医師は「パーソナリティの偏りからくるもの」と考えた――そういったことが精神疾患の世界ではよく起こります。
ですから、その病院での診断と治療プロセスはどのようになっているかをあらかじめ知ることが重要になってくるのですが、残念なことに、治療プロセスを開示できるほど精神科/心療内科は治療を標準化できていないのが現状です。
精神疾患を確定診断する検査はない
2022年2月現在、うつや双極性障害、発達障害などを確定診断できる生理心理学的検査はありません※2。
あらゆる検査は臨床家が参考にした上で病態像を踏まえて診断することとされています。
アンケートのような自答式検査は日本で最も使用されている精神疾患の検査ですが、あくまで主観的な状態を捉えるためのものですので、客観的な指標とは言えません。
結果を偽ることも容易にできますし、回答できないほど重度の人には使用できません。
光トポグラフィー検査(NIRS:Near-Infrared Spectroscopy)は、脳内の血中ヘモグロビン濃度の変化を計測し、うつや双極性障害、統合失調症に典型的なパターンを示すかどうかを見ます。
結果を操作することは比較的困難ですが、例えばうつ病の場合でも典型的なパターンを示すタイプとそうでないタイプが存在することが分かっており、厚生労働省もNIRSだけで診断することは推奨していません。
他にも、脳波検査(QEEG:Quantitative Electroencephalography)や血液検査を用いるところもありますが、どちらも専門家の見立ての参考にしたり他の疾患の可能性を除外したりする側面が強く、それだけで確定診断を出せるといった類のものではありません。
レントゲン画像を見たら肺炎が分かったり、脳画像を見たら出血性脳梗塞が見つかったりするような、専門家の間で診断を一致させられるほどの精度のものはないのです。
「医者しか診断できない」わけではない
COVID-17とPCR検査のように診断を確定できる検査がない中、精神疾患を診断するために用いられるのが、先に挙げたDSMの診断基準です。
DSMをよく読んでみると、診断基準を使用できる者が医師に限るとは書かれておらず、一貫して臨床家 clinician という表現が用いられています。
これは、医師以外の臨床家(看護師、作業療法士、精神保健福祉士、心理士など)によって診断を簡便かつ早急に行い、いち早く適切な治療にアクセスできるようにと作成されたからです。
ここでも、あくまでも治療のための診断という原則が守られています。
昨今、「診断してほしい」と精神科や心療内科を訪れ、治療をされもせず求めてもいない人が増えています。
ひと昔前だと「ADHD」「アスペルガー障害」と診断され、それによってこれまでの生きづらさに説明がついたような気になって満足し、医師の方も何の治療的介入もないにも関わらず「診断できます」と集患し、診断しただけで通院を終了させていくのです。
最近では、病名ではなく心理学領域の概念であるHSP(Highly Sensitive Person)やAC(アダルトチルドレン)、サイコパスやソシオパスの診断まで医師に求めに行く人もいます。
自分の困り感に名前がつくという安心感のためではなく、治療と改善を求める人が診断されに受診するという、本来的な意義ある診断が行われる必要があります。
診断書を書けるのは医師
一方、会社や組織に対して診断書を書くことができるのは医師だけです。
これは、治療のために必要とされる正当な休暇だと証明したり、手当や公的支援を受けたりするために医師の書く公文書が診断書だからです。
休職診断書、傷病手当金申請書、自立支援医療に係る診断書、障害年金診断書などを記載してほしい場合には医療機関を受診しましょう。
ただそれでも、病名でないもの(HSPやAC、サイコパスやカサンドラ症候群など)をあたかも病名のように診断書に記載することはできません。
今後気をつけなければならないこと
医師でない臨床家でも診断できるということは、治療者や治療をおこなっている組織、心から治りたいと願う人たちにとっては良い情報となるでしょう。
他方、診断名をつけただけで優越感を得たがる人、診断かのように発言して面白おかしく場を盛り上げたいだけの人、診断名を罵倒や侮蔑のために用いる人によって悪用されるおそれもあります。
2017年に制定された公認心理師は国家資格ではあるものの、臨床心理士と異なり、現場での実習や臨床ケースの経験がほとんどなくても取得できます。
将来的に公認心理師の数はますます増加し、上位層と下位層の力量差は更に開くことはもはや避けられないでしょう。
既にYou Tubeなどのネットメディアでは、治療経験のほとんどない公認心理師が病名を振りかざして診断まがいのことを堂々と発信しています。
治療的介入のできない人や治療に携わってもいない人の診断には、それがたとえ医師や心理士であっても、耳を貸さないようにしましょう。
これからは、治療歴のある人による診断かどうか精査する目が、一般の方にも求められる時代になります。
※1 うつ病の脳科学 精神科医療の未来を切り拓く, 加藤忠史, 幻冬舎新書, 2009
※2 精神科医はどうやって診断しているのか, 内野俊郎, こころの元気+(96), 2015 https://www.comhbo.net/?page_id=13149
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