看護職や介護職が該当するとされる感情労働。
最近では「接客業も感情労働」「主婦業も昔から感情労働のようなもの」のように、様々な対人場面において、そのように言われることが増えてきました。
そもそも感情労働とはどういった活動を指すのか、感情労働によって引き起こされることは何か、感情の疲労を取る方法などについて、解説します。
感情労働とは? 感情労働の定義
感情労働(emotional lador)とは、感情表出が欠かせない要素であり、適切な感情・不適切な感情がルール化されている労働のことです。
米社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドによる2000年出版の著書『管理される心 感情が商品になるとき』で注目されるようになった、比較的新しい概念です。
例えば、客室乗務員は業務中、礼儀正しく笑顔で顧客と対応することを求められています。
仮に非常時でも動じず、自身の動揺を抑えながら、周囲に対しても安心感と落ち着きをもたらすような態度と発言が必要です。
コミュニケーションの場で自分を抑制し、緊張を抑えたり、感情を一時的にせき止めたり、感情表現を我慢したりすることが絶対的に必要な労働が、感情労働です。
感情労働に従事する人は、たとえ顧客の誤解や無知、嫌がらせや八つ当たりに遭っても、自分の感情を押し殺し、平時と同じように礼儀正しく、明朗快活に振る舞わなければなりません。
相手の言い分に耳を傾け、理解し、的確な対応やサービスを提供しなければならない点に、感情労働者のストレスは応力集中します。
感情労働になりやすい職種は? 感情労働が求められる仕事
感情労働の発生しやすい主な業界は、接客サービスを行う小売業界や飲食業界です。
その他、官公庁、航空業界、ホテル業界、教育業界、保育業界、広告業界、医療業界などでも感情労働は必要です。
感情労働は自分の感情を抑えながら働くことではありません。
それには労働全般が当てはまり、感情を抑制せずに働ける労働は存在しません。
感情労働とは、生じた感情を抑制した上で、思いやりや優しさ、喜び、誠実さ、責任感、慈しみといったポジティブな感情を表さねばならず、それを会社や顧客からも求められている労働を指します。
販売員の例でいえば、「クレームを訴えてきた顧客を対応し、元気がなくなってしまった」だけでは、感情労働には当たりません。
「相手を落ち着かせるよう穏やかに話し、時に笑って緊張を緩め、時に説明すべきことを誠実に話しながら対応した」となって初めて感情労働になります。
「そんなら俺の仕事も感情労働だよ」という人は、単に労働のことを指していることが大半なので、区別には注意しましょう。
感情労働に向いている人とは? 天性の感情労働者
ケアを行う職業は感情労働が多く、従事者に女性が多いことは、日本でも海外でも一致しています。
女性の方が憧れやすい、目指したいと思いやすい職業という面もあるでしょうが、幼い頃から家族や世間、社会から感情労働の役割を担わされ、その中でうまくできた者、楽しみを見出せた者がその延長線上で職業選択しているという側面もあると思われます。
感情労働に疲弊し、身体症状症や摂食障害、自傷行為などに発展しやすい職種がいくつかあります。
筆者のカウンセリング経験上では、看護師、客室乗務員(CA)、ポートレートモデルの3つは、悩みが深刻化したり、困りごとが重なったりしやすいようです。
この3職種は特に、養育者や妹弟の心身のケアを担って来、そこで身につけた他の期待に応え、感情に配慮する術を仕事でも発揮する、天性の感情労働者です。
そのことがかえって、仕事の域を超えて相手に尽くしてしまったり、主張の仕方が分からなくなったりという事態を引き起こすようです。
感情労働とジェンダー
「女性に感情労働を」という傾向は、ジェンダーの偏りの表れでもあります。
その根底には、妊娠出産を行える性別としての女性と、ケアを一身に受けられる乳児のイメージがあり、そこからくる女性への「甘え」の心理もあるでしょう。
それは、「女性は私の甘えを受け止めてくれる」「女性なら甘えたい私の気持ちに応えられるだろう」という心理です。
こう書くと、「女性に甘えてはいけない。甘えを律し、甘えからくる行動を排すべきだ」と思われそうですが、筆者の意見は違います。
男性への甘えもあります。 固いふたを開けるとき、重い物を運ぶとき、害虫に対応するとき、高所や暗所で作業を行うとき、叱責や厳しい意見を言わねばならないときなど、「男性だから」と無条件に担う場面がそれです。
それが自分の上司であっても任せられることならいいですが、任せられないとしたら、そこには甘えの心理が潜んでいます。
甘えを排除する社会でなく、許容する社会を
女性が感情労働を担いやすいように、男性は肉体労働を担いやすい傾向にあります。
そこで甘えを排し、それぞれが一人で対応するのではなく、適材適所と捉え、それぞれが相手の甘えを受容しながらそれぞれの労働を担うことがベターだと思います。
男女間を分断するのは簡単です。
そうではなく、担っている相手を互いに認め合うことが調和した人間関係ではないでしょうか。
感情労働に疲れたら、カウンセリングへ
感情労働は、自分本来の感情を抑えながら働くだけではなく、ポジティブな感情を表出するようルール化されている労働のことです。
接客サービス業などの女性の雇用されやすい職種は感情労働になりやすく、家庭やプライベートでも女性は感情労働に従事しやすい傾向にあります。
感情労働の問題は、それが労働と認識されにくいことに加え、精神的負荷が過剰に脳にかかる点です。
特に起こりやすい症状がバーンアウト(燃え尽き症候群)です。
バーンアウトは、その名の響きから無気力さや虚脱感が注目されやすいですが、その特徴は人への冷淡さ、冷酷さにあります。
元々人への優しさを持った人が反転し、人を物のように扱ったり、感情的な関わりを避けるようになったりします。
感情労働からくる疲弊やバーンアウトを避けるには、マインドフルネス瞑想をおこなったり、全く別の脳機能を使ったりすることが効果的です。
カウンセリングで自分の行動を振り返り、感情労働中の感情と本来の感情のすり合わせをしていくことも有効です。
普段、顧客や周囲の人のケアを担っている感情労働者は、同じく感情労働をしているカウンセラーに申し訳なさを感じたり、カウンセラー相手にも感情労働をしてしまったりすることがあります。
ただ、当院は感情労働者の対応にも実績があり、ケアする人をケアする体制も整っています。
感情労働にお疲れの方、家庭や学校などで感情労働者の役割を担っていた方は、ぜひ一度ご相談ください。
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