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発達障害とトラウマ -ASDやADHDはトラウマになりやすいのか-

ある調査では、ASDの人は定型発達の人に比べ、PTSD予備群である割合が8倍も高かったと報告されています※1
また、ADHDの人は一般集団に比べ、一生のうちにPTSDになる割合が5倍ほど高いともいわれます※2

発達障害はトラウマに遭遇したり、PTSDになりやすかったりするのでしょうか。
トラウマ体験をするかどうかは運否天賦うんぷてんぷによるところもありますが、それがトラウマ化するかどうか、PTSDを発症するかどうかは、発達障害の有無が重要な因子ファクターとして関わってきます。

発達障害とトラウマの関係について説明します。

ASDとトラウマ

自閉症スペクトラム障害(ASD)は神経生理学的な障害の一つであり、通常12歳までに診断されます。
ASD症状のうち、タイムスリップ現象と呼ばれるものは、フラッシュバックによく似ていることが指摘されています。

タイムスリップ現象

タイムスリップ現象は、遥か昔のことを突然に想起し、あたかもついさっきのことのように体感したり話したりする現象です※3
例えば、就学前に親や園の先生から叱られたことを急に思い出し、「ごめんなさい」「もうしません」と泣いたり怯えたりすることがあります。
楽しい記憶についても生じることがあるため、フラッシュバックとは区別されています。

体験した不快感が記憶されやすい

私たちの記憶は脳に長期間保存されるのと同時に、全身に散在している神経細胞にも保存されています。
VRで高所の映像を見ただけで肩がすくんだり、胃や内臓に不快感を感じたりするのは、それらの部位が保存している記憶がそれぞれ再現されているからです。
同じくVRでライブ映像を見たとき、あたかも会場にいるような浮遊感を感じたり、風もないのに風が吹いたように感じたりするのも同様です。
昨今の研究でも、腸などの脳以外の部位で神経細胞ニューロンが確認されています。

ASDは、脳の神経接続シナプスが間引かれておらず、刺激に対する脳の電気信号が脳内に拡散してしまったり、一般的な神経接続とは異なる接続が成立してそれが強固に結びついていたりしています。
全身の記憶についても同様に、一度体験した出来事の神経回路が刈り込まれておらず、ふとしたきっかけでその回路が再現され、全身で昔の体験が思い出されてしまうのです。

私たちが過去の出来事を想起するとき、それは映像であったり音声であったりをそのまま再生します。
トラウマを想起するときは、その映像や音声に加え、体の感覚も一緒に再生されます。
胸の締め付けられるような痛み、腸の動きが活発になったような不快感、口の中が乾いたり喉が詰まったりしたような息苦しさがよみがえります。
ASDは、一度体感したこれらの不快感が残りやすい性質を有しています。

加えて、トラウマに残るような出来事に遭遇しやすい点も挙げられます。
ASDは暗黙のルールや儀礼的行為を省略するせいで社会場面で失敗しやすく、そのことを叱責されたり、笑われていじめの対象となったりしやすいところがあります。
失敗することと罰を受けることでダブルでトラウマになることもあり、定型発達の人よりストレスを感じやすい環境にあります。

ADHDとトラウマ

ADHDの人は定型発達の人に比べ、PTSDと診断されるリスクが2倍以上も高いとされ、ADHDもまたPTSDを発症しやすいといえます※4
しかし、ADHDとPTSDの症状は類似しているものが多く、自己診断が誤っていたり誤診されたりした結果、無効な薬物療法を受けているケースがあります。

ADHD心的外傷後ストレス障害(PTSD)
物事に集中できない不注意症状侵入症状からくる集中困難
長期記憶が苦手海馬の神経細胞新生不全解離性健忘
短期記憶が苦手ワーキングメモリの問題侵入症状からくる集中困難
感情が不安定過敏性や易怒性覚醒レベルの上昇
睡眠障害グルタミン酸過剰覚醒レベルの上昇
落ち着きのなさ多動性と衝動性フラッシュバックと回避症状
他者とのつながりの問題拒絶敏感不快症思考や気分の陰性変化
薬物乱用依存症へのなりやすさ侵入症状緩和を目的としたアルコールなどの使用
ADHDとPTSDは一見すると似た症状を呈することがある

重ね着症候群

ある障害や傾向が根底にあり、その上から別の疾患が発症している状態を、重ね着症候群と呼ぶことがあります。
発達障害は、この重ね着症候群になることが多い障害です。
発達障害が下着、それ以外の疾患が上着といった具合です。
トラウマやPTSDは、この上着に当たります。

治療するときにも、この見分けは重要です。
上着(トラウマやPTSD)から取り除いていかないと、袖が絡んだり首が抜けなくなったりと、症状や疾患も複雑化してしまうからです。
ADHD症状とPTSDのそれが似ていることを理解し、その上で上着から着手できる治療者にかかることが望ましいでしょう。

症状の理解されにくさがストレスになる

ADHD症状の一因としてドーパミンやノルアドレナリンといった神経伝達物質の不足が指摘されており、ADHD治療薬はこれらに作用しますが、トラウマ体験もまたこれらの神経伝達物質に異常をきたすことが分かっています。
さらにADHDの場合、感覚過敏や過集中、拒絶敏感不快症(RSD)といった独特の感覚を周囲に理解してもらえず、精神安定を取り戻しづらい可能性があります。

一般的に、怖い体験をしたり過酷な状況に置かれたりしても、親や友人、信頼できる人などから支持的に対応してもらい、精神や身体の状態を回復させることでトラウマ化を回避することができます。
幼少期にこういった関係を築けた他者を愛着対象といい、愛着対象との情緒的絆を愛着形成といいます。
ADHDは、愛着形成が遅れていたり、形成途中にトラウマ体験をしてしまったりする可能性が示唆されています。

成長過程でトラウマ体験をし、PTSD症状だけでなく不安定な人格形成がなされてしまう状態を、複雑性PTSDといいます。
複雑性PTSDを引き起こす体験の主なものは虐待ですが、被虐待児のうちADHDでもあった者は、定型発達児の2~5倍ほど多いと報告されています。
ADHDであることは虐待やいじめなどを受けやすくなり、そのことが複雑性PTSDを引き起こしているケースが多くあります。

トラウマに遭遇することはあなたのせいではありませんし、ましてや発達障害であることもあなたのせいではありません。
トラウマ体験を整理したい方、PTSDや複雑性PTSDを治療したい方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。

まとめ

自閉症スペクトラム障害(ASD)は、特徴的な神経回路の形成をしていると考えられ、それがトラウマ記憶の定着や忘却しづらさに関連していると考えられます。
一方、注意欠陥多動性障害(ADHD)は、ドーパミンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質やその受容体に異常があり、そのためにトラウマやPTSDになりやすくなっている可能性があります。

ASDやADHDといった発達障害は、それを取り巻く環境からもトラウマになりやすいと言われています。

  1. 社会的な場面で失敗しやすい
  2. 失敗したときに否定的な評価を受けやすい
  3. 多数派の知覚に合わせた社会のためにストレスを感じやすい
  4. ストレスを感じ方や認知が特徴的で理解されづらい
  5. 独特の感覚や考えのために周囲と関係を築きにくい

といった状況全てが、トラウマ体験の発生や回復しづらさに関わっていると考えられます。

タイムスリップ現象や重ね着症候群など、トラウマやPTSD症状との重複について熟知している治療者でないと、症状が長期化し、更に悪化することになりかねません。
個々人の特徴に合わせたトラウマ治療は、発達障害にもトラウマ治療にも精通している治療者に相談されることをおすすめします。

※1 自閉症スペクトラム障害と心的外傷後ストレス障害 https://www.childrenatrisk.org.il/children/wp-content/uploads/2020/09/autism-spectrum-disorder-and-posttraumatic-stress-disorder.pdf

※2 成人ADHDにおける心的外傷後ストレス障害 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23561240/

※3 自閉症に見られる特異な記憶想起現象-自閉症のtime slip現象 https://cir.nii.ac.jp/crid/1570572699709839616

※4 ADHDと心的外傷後ストレス障害の関係 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0006322322015219

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