ヴェーガルブレーキとは、主に心臓にあらかじめかかっている拍動のブレーキのことです。
なぜパニック障害、うつ、適応障害、PTSDなどのメンタル疾患が発症すると心臓がドキドキしたり息苦しくなったりするのか、ヴェーガルブレーキの存在が明らかになるまではよく分かっていませんでした。
自律神経系の要点であるヴェーガルブレーキの性質・機能・対策を分かりやすく解説します。
ヴェーガルブレーキとは
ヴェーガル vagal とは迷走神経のことであり、12の神経の中の10番目の神経です(第Ⅹ神経)。
自律神経系のことを進化神経学の観点から説明したポリヴェーガル理論では、迷走神経枝は背中側(背側 はいそく)とお腹側(腹側 ふくそく)の2種類に分類されますが、ヴェーガルブレーキは腹側迷走神経支配の働きになります。
私たちの心臓は洞房結節(どうぼうけっせつ)というペースメーカーによって規則正しく動いているのですが、ヴェーガルブレーキがかかっていない状態だと1分間に90回前後という速いペースで動いてしまいます。
これにゆるやかにブレーキをかけ、1分間に60回前後の拍動にしてくれているのが、ヴェーガルブレーキです。
ヴェーガルブレーキと交感神経
心拍数が上昇したとき、自律神経系の働きからその現象を説明すると「交感神経が優位になった」と表現されがちですが、これは正確ではありません。
正しくはヴェーガルブレーキが外れ、心拍や呼吸が速くなったために交感神経優位となったとなります。
元々ブレーキのかかっていたものが外れるわけですから、パニック発作時の動悸や荒い呼吸は突然起こってしまう、というわけです。
ヴェーガルブレーキは、声のリズム(韻律)、イントネーション、表情などによって調整されています。
明るく通りの良い声で発声しているとヴェーガルブレーキが適度に機能し、逆にのどが緊張して声の通りが悪いときにはヴェーガルブレーキが外れて動悸がし、呼吸も浅く速くなります。
パニック発作は脳の誤作動によって自律神経系が統制を失った状態ですが、安全安心を感じてニコニコ笑ったり、のどが緊張せず伸び伸び声を出せたりしているときには、ヴェーガルブレーキが程よくかかっているため、パニック発作は起きないのです。
呼吸性洞性不整脈
呼吸性洞性不整脈とは、息を吸っているときには脈が少し速まり、逆に息を吐いているときには少しゆっくりになる現象のことです。
不整脈とついていますが病的な状態ではなく、むしろこの心拍のゆらぎが自律神経系(迷走神経)の健康的な働きの指標となります。
この現象を利用したリラックス法が呼吸法です。
腹式呼吸や478呼吸法、丹田式呼吸法など、世間には様々な呼吸法がありますが、そのどれにも共通しているのは「ゆっくり長く吐く」という点です。
ゆっくり長く吐くことでヴェーガルブレーキがかかり、脈が遅くなることを利用したリラックス法と言えるでしょう。
同じく呼吸性洞性不整脈を利用したリラックス法が歌です。
合唱のときに「のどが閉じている」と言われたり、歌っているうちに「のどが開いてきた」と言われたりしたことはありませんか。
こののどが開くと表現されている状態が、まさにヴェーガルブレーキが適度にかかっていることを言い表したものです。
歌にはリズムがあるため息継ぎを素早く行い、声を出しているときは長く吐くということを繰り返すため、心拍も脈拍も次第にゆっくりになっていくのです。
笑顔で歌うとより声が出やすくなるのも、同じ仕組みです。
うつが発症すると自律神経系に変調をきたすのは、ヴェーガルブレーキを作動させる行動全般を行わなくなるからと考えられます。
脳の病変から気分が重く沈み、笑顔は消え、歌など歌う気にもなれず、他者との交流の場からも離れてしまうため、更に笑ったりのどを開いたりする機会も減ってしまうという悪循環が、ヴェーガルブレーキを錆びつかせてしまうのでしょう。
ヴェーガルブレーキと背側迷走神経
ヴェーガルブレーキがかかりすぎて脈が遅くなりすぎたり、息がうまく吸えなくてのどが詰まったように感じたりする状態も存在します。
ヴェーガルブレーキがかかりすぎると腹側迷走神経優位の状態から背側迷走神経優位の状態になり、凍りつき freeze response やシャットダウン shut down と呼ばれる状態に陥ります。
凍りつきに入ったときの症状として最も広く知られているのがフラッシュバックです。
トラウマ体験を思い出させるようなショック(ストレス)を受けるとヴェーガルブレーキが思い切りかかり、心臓の動きが遅くなるため脳への血流量が落ち、頭が真っ白になったり顔面蒼白になったりします。
生き延びるためのヒントを探すため脳や体が記憶しているトラウマ体験が脳内で再生され、その間、体は動物でいうところの擬死行動に入るため硬直したり手足が脱力したりします。
トラウマ体験に繰り返しさらされた人はつらい感情を正常時の感情から切り離して状況を乗り切ってきているため、解離と呼ばれる症状を示すこともあります。
解離を起こした人は凍りつき中に体験したこともどこか離れたところで起きていたかのように感じたり(離人感)、それまで保っているように感じられていた自分の人格や現実感が消失してしまったように感じたりします。
PTSDやASDなどフラッシュバックを起こしやすい人は、ヴェーガルブレーキを適度にかけられるようにすることが症状を減らすことに繋がります。
そのための取り組みの一つが、遊ぶことです。
遊戯療法 Play Therapy というセラピーが愛着不安定な子どもを安定化させるための取り組みとしてありますが、安全安心を感じられるところでしかできないこと、自分の気持ちを抑えすぎても出しすぎてもうまくいかないこと、相手と言語を介さなくても行えること、攻守交代できることなどから、遊びは適度にヴェーガルブレーキをかける練習に適しています。
遊びがいじめと異なるのは、攻守交代できる点(双方向性)にあります。
一方的に攻めているときには交感神経優位になりやすく、逆に攻められているときには背側迷走神経優位になりやすいですが、攻守交代することでヴェーガルブレーキをかけたりゆるめたりすることができ、適度にかけることを体得できるようになるのです。
当オフィスが提供しているブレインスポッティングというセラピーもまた、ヴェーガルブレーキがかかりすぎていたり外れやすかったりする方に適したソマティック(身体的)アプローチです。
うつ、適応障害、PTSD、パニック障害など、メンタル疾患の身体症状でお困りの方は、一度当オフィスまでご相談ください。
ヴェーガルブレーキを働かせてリラックスする方法4選
ここまでに紹介してきたヴェーガルブレーキの性質を利用した4つのリラックス方法をまとめます。
「落ち着け、落ち着け」「大丈夫、大丈夫」と唱えるよりかは幾分か効果的です。
お困りの方は試してみてください。
笑う
笑顔になったり声を出して笑ったりすることで腹側迷走神経の核(疑核)が刺激され、それがヴェーガルブレーキにも伝わって適度にブレーキがかかるようになります。
笑顔を作るときは口元だけでなく目元までほころぶよう顔全体で笑っている表情を作った方が効果的ですし、声を出して笑えばのどが緊張しているかどうかも自覚できるので一石二鳥です。
朝起きたら好きなバラエティ番組やお笑い番組を観る、出勤前に一度ワハハと笑ってみる、通勤中に漫才やコントなど自分が笑顔になれる動画を観る、朝礼やプレゼン前には参加者と談話して笑っておく、緊張場面の前にはコミカルな動き(ピョンピョン飛び跳ねたりタコのようにグネグネ動いたり)をするなど、自分に合った笑える行動をとると良いでしょう。
呼吸法
1分間、息を2秒で吸って4秒で吐きましょう。
慣れてきたら、鼻で吸って口から吐く、4秒で吸って8秒かけて吐くなど、徐々に時間を延ばしてみましょう。
ソファやベッドなど横になれるのなら、仰向けになって行うと自然と腹式呼吸になるのでより効果的です。
その他、色々な呼吸法を行う場合でも息を吐くときの落ち着きを意識して取り組むと良いでしょう。
歌う
メロディに乗せて歌うと自然と息を吸う時間が短く、吐く時間は長くなります。
ハミングや鼻歌でもこの呼吸のリズムは変わりませんから、最初はハミングや鼻歌から、慣れてきたら一人でいるときに、次第に人とカラオケに行ったり合唱したりすると他者交流の機会も増えて効果アップです。
ある人が「ミュージカルを観ていられない。あんなに突然歌い出したり踊り出したりするのは現実的ではない」と言っているのを耳にしたことがありますが、これは逆なのだと思います。
うつと無縁の人は普段の生活から歌ったり笑ったりしているので、ヴェーガルブレーキのかかりもちょうど良くなるので更に自律神経が乱れにくく、反対に普段から歌ったり笑ったりしていない人は日常生活でもヴェーガルブレーキを働かせていないので、うつや自律神経失調のリスクを高めながら過ごしている、ということなのでしょう。
遊ぶ
他者と遊ぶことができると自然とヴェーガルブレーキの調整能力が身につき、緊張しにくくなったり多少のことでは動じにくくなったり(耐性がついたり)します。
あっち向いてホイのように1対1で行えるもの、ババ抜きやUNOのように多人数で行えるもの、ピンポンやエアホッケーのように体を動かすもの、マリオカートやFPS/TPSのように画面越しに操作するものなど、どのような遊びでもいいですが、実力が拮抗していて一方的な展開にならないものが望ましいでしょう。
「遊びが思いつかない」という方は、幼少期に楽しんでいたことを振り返ってみると気づきがある場合があります。
以下のような問いを自分に投げかけてみると良いでしょう。
実は、気を許せる友人やカウンセラーと話すことも、この遊びに近い作用があります。
どちらかが一方的に喋ったり説教したりすることなく、時には笑いを交えながら話すのは攻守交代のある遊びをしているときと同じくヴェーガルブレーキを適度に働かせる練習になります。
病名がつくような場合には会話のキャッチボールだけでは治らないことの方が多いですが、一方でカウンセリングで治った方もいらっしゃいますので、病態像や重症度の判断がつかないときにも当オフィスにご相談いただければと思います。
まとめ
ヴェーガルブレーキは腹側迷走神経優位のときに心肺にかけられるブレーキです。
ヴェーガルブレーキが外れると心拍数は上昇し動悸などを引き起こし、反対にヴェーガルブレーキがかかりすぎると心拍数は下がってシャットダウンやフラッシュバックを引き起こします。
ヴェーガルブレーキを適度に利かせるようにする方法は、笑うこと、呼吸法、歌うこと、遊ぶことなどが挙げられます。
双方向性のある遊びや会話でもヴェーガルブレーキの機能を高め緊張を和らげることができるため、うつやPTSDなどメンタル疾患によってリラックスできない方は専門家に相談するのが良いでしょう。
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