注意欠陥多動性障害(attention-deficit hyperactivity disorder:ADHD)は、不注意と衝動性・多動性を二大特徴とする発達障害の一種です。
通常、12歳までに診断されますが、症状が軽度だったり知的な遅れを伴わなかったりした場合、青年期や成人後に診断されるケースもあります。
前頭前野の機能障害であり、「原因は不明」という情報ばかりが先行してしまい、どのような状態像の人が該当するのか、症状が少しでもあればADHDなのかなど誤解されることが非常に多い障害でもあります。
ADHDについて説明します。
ADHDの症状
ADHDの主症状は、①不注意と、②多動性・衝動性です。
症状の表れ方によって、不注意優勢型、多動性・衝動性優勢型、混合型と分類されることもあります。
不注意優勢型は女性に多く、多動性・衝動性優勢型は男性に多いとされています。
ADHD全体では、2:1から10:1で男性の方に出現しやすい傾向にあります※1。
ADHDチェックリスト
以上のうち、「当てはまる」「どちらかというと当てはまる」が4つ以上あると、ADHDの可能性があります※2。
ADHDの診断基準
アメリカ精神医学会の診断基準(DSM-5)では、以下の1~5を満たした場合に、診断が下せるとしています。
ADHDの原因
ADHDは神経生物学的な障害です。
遺伝子から産後の環境まで、原因は複数あります。
ここでは症状の原因をいくつか挙げます。
グルタミン酸
グルタミン酸は味覚の一つ、うまみ成分として知られていますが、脳内では神経伝達物質として作用します(正確にはうまみ物質はグルタミン酸ナトリウム)。
神経伝達物質としてのグルタミン酸は興奮性であり、神経細胞が過剰に興奮すると細胞死に至ります。
脳内でグルタミン酸が過剰になると、興奮作用によって動き回るようになったり、細胞死が引き起こされて不注意になったりします。
脳内のグルタミン酸が過剰になる要因はいくつかあります。
神経細胞同士はシナプスによって接続されていますが、このシナプス部分に異常が生じることで、脳内のグルタミン酸が多くなることが確認されています。
シナプスの異常は遺伝でも生じるほか、ストレス負荷の結果遺伝子が作動し、異常をきたす場合もあります。
ADHD以外にも、自閉症や統合失調症、うつ病でもグルタミン酸が過剰になっている様子が確認されており、不注意や集中困難を引き起こす疾患と関連があると考えられます。
食事によって体内に入ったグルタミン酸(うまみ成分)は脳までは至らないので、「グルタミン酸を摂ってはいけない」ということではありません。
ドーパミン
ドーパミンもまた神経伝達物質の一種であり、主に依存と関連するとして紹介されることが多い物質です。
ドーパミンは報酬系に分類され、脳内に放出されると快楽・快感情を感じるため、全ての依存性物質はこのドーパミン神経系を標的に作用します。
物事を学習したり、体を動かしたり、記憶したりするときにも利用されるため、生物には欠かせない物質といえます。
ADHDの脳内では、ドーパミンが不足していることが指摘されています※3。
ドーパミンを充足させるために体を多く動かさねばならなかったり、報酬系として作用しないがために活動が長続きしなかったりすると考えられます。
ADHD薬の一部は薬理学的には覚醒剤に類似していますが、これはドーパミン神経系を賦活させる目的で用いられます。
ドーパミンは統合失調症の症状にも関わっているとされており、過剰になると、考え(妄想)が止まらなくなったり、幻覚を見たりするとされています。
自閉症スペクトラム障害(ASD)にも関連するとされ、同じ動作を繰り返したり、規則正しく行うことに執着したりすること(常同行為)はドーパミン過剰によって行動を中断できないからとされています。
デフォルトモードネットワーク
脳は、課題に取り組んでいるときほどエネルギーを消費していると思われがちですが、実はそうではありません。
課題遂行のときにはそれに対応した神経ネットワークに、安静時にはそれに対応した神経ネットワークに、それぞれエネルギーが費やされています。
この安静時に活性化する神経ネットワークをデフォルトモードネットワーク(Default Mode Network:DMN)といいます。
課題に取り組んでいるときの神経ネットワークを実行系ネットワーク(Central-Exective Network:CEN)といい、そのときの脳のエネルギー消費は全体の5%程度です。
一方、デフォルトモードネットワークのとき、脳のエネルギー消費率は60~80%にも及びます。
ADHDは、このDMNとCENの切り替えが未発達であることが指摘されています※4。
デフォルトモードネットワークは、特に目的意識なくぼんやりしたり、何かを待っていたりするときの脳の状態です。
生体外部ではなく脳内の考えや想像に注意の向いている状態であり、アイディアを閃いたり先のことを考えたりするのには適していますが、目の前の作業や人の話に集中するのには適していません。
就学前の脳はDMNとCENの切り替えがうまくできないことが多いのですが、入学し、課題を与えられたり目的を持って行動したりするにつれ、徐々に切り替え機能が発達し、スムーズに行えるようになっていきます。
発達が遅れる要因としては、遺伝的なものに加え、どのような環境で生育されたか、適したタイミングで課題を与えられたか(発達の最近接領域)などが関連します。
緑に囲まれていないこと
自然の多い地域に暮らしている人の方が、ADHDが少ないという報告があります※5。
緑に囲まれている方が空気がきれいであったり、精神的な回復能力が高まったりする可能性が示唆されています。
また、水のせせらぎを耳にしたり、風に揺れる木洩れ日を見たりと、ゆらぎのある刺激を感じることで母子ともに精神的な安定を得ることができるのかもしれません。
都会に比べて体を大きく動かせること、機械的な騒音にさらされていないことなども、発症に抑制的に働いていると考えられます。
ADHDの特徴
不注意と多動・衝動性以外の、ADHDの人に表れやすい特徴を挙げます。
睡眠障害
GABA(γ-アミノ酪酸)は抑制系の神経伝達物質であり、脳内ではストレス軽減、血圧の制御、気分の鎮静化や眠りの質を高める働きがあるとされています。
ADHDは脳内でのグルタミン酸濃度が高まりやすいですが、これがGABAより高くなると、寝つきづらくなったり、寝てもすぐ目が覚めてしまったりするようになります。
一般に知られているように、人は睡眠時に記憶の定着や整理をおこなっていますが、睡眠時間が短くなったり中途覚醒したりすると、うまく記憶を定着させることができなくなります。
よく「ADHDは動き回っているので眠気が来ない」という説明が散見されますが、体を動かすかどうかに関係なく、グルタミン酸とGABAのバランスが崩れるために睡眠障害が起きているという説明の方が適切です。
物覚えが悪い
睡眠不足もあり、長期記憶に残りづらかったり、その場ですぐに覚えられなかったりすることがあります。
グルタミン酸過剰が長期記憶を司る海馬にも影響し、神経ネットワークを充分に強化することができないのです。
長期記憶だけでなく、その場で数秒間だけ記憶する、作業記憶にも困難が生じやすいといわれています。
作業記憶は海馬ではなく前頭葉や頭頂葉によって記憶されますが、こちらも神経伝達物質のアンバランスさにより、覚えられなかったり、覚えてもすぐには思い出せなかったりするようです。
感覚過敏
ADHDにはよく感覚過敏が伴います。
服の繊維やタグが気になる、機械音が迷惑に感じる、強いにおいが気になって集中できない、などです。
周囲のタイミングを見計らって変更を依頼したり、なるべくストレスにならないよう対処したりすると良いでしょう。
過集中
「不注意」があるために注意散漫なところがクローズアップされがちですが、ADHDは特定の状況下において、むしろ時間を忘れるほど集中することがあります。
特定の状況とは、生きるか死ぬかというくらい間近に迫った締め切り、競争、目新しさ、興味関心の対象にフォーカスしたときなどです。
業務の重要性や優先順位、上司からの指示や要請ではこの過集中を引き出すことができないため、しばしば作業進行に支障をきたします。
興味ある課題に変換できるよう、自分自身に関するトリセツを、メンターやカウンセラーと一緒に作成する必要があります。
拒絶敏感不快症(RSD)
拒絶敏感不快症(Rejection Sensitive dysphoria:RSD)は、大切な人から拒絶されたり、非難されたり、否定されたりしたときに生じる強い苦痛のことです。
大人のADHDの98~99%がRSDを経験したことがあるとされており、そのうちの3割は「ADHD症状の中で最もつらい症状である」と報告しています※6。
RSDの特徴は、その激しさにあります。
「批判された」と認知したとき、とても腹が立つと同時に目の前が真っ赤になったり火花が散ったり、吐き気が生じたり、肺から酸素を取り込めなくなったように感じたりします。
喉や胸が圧迫されたように感じたり、気道が絞まったり、頭痛が起こったりすることもあります。
自律神経の状態で言えば、交感神経優位だけでなく、腹側迷走神経が不活性になっている状態です。
RSDもまた他のADHD症状同様、持続しづらい点において気分障害と異なります。
ただ、RSDを人に話しても理解しづらいために打ち明けづらいこと、極度の失敗感や至らなさを感じること、恥の感覚や自尊心の低下を引き起こすことなどから、RSDは気分障害やストレス関連障害といった二次障害を引き起こすきっかけになる可能性が懸念されます。
怒りっぽい
RSDだけでなく、ADHDは過覚醒からくる感情の高ぶりを経験しやすいと言われています。
過覚醒は、小児の25%、成人の5%が経験するとされます※6。
緊張しやすい、気持ちが張り詰めている、感情的になる沸点が低いといった感覚は、過覚醒状態を示す代表的な兆候です。
過覚醒状態を双極性障害や不安障害と間違われ、気分安定剤や抗不安薬の処方を受けてしまうことがあります。
感情的になった状態がずっと続くわけではなく、一過性のものであった場合は、ADHDからくる症状の確率が高いため、ADHD治療薬によって改善する可能性があります。
物が捨てられない
買いだめ障害(ホールディング)とは、物を過剰に集めること、捨てるのが困難なこと、過度に散らかしてしまうことを特徴とする症状です。
ADHDの5人に1人はホールディングを経験しており、これはそれ以外の人に比べて有意に多いと指摘されています。
買いだめ障害は、それ自体が日常の機能を損なうだけでなく、生活の質を低下させ、「このままではどうなるのだろう」と不安が高まり、しかし繰り返してしまうせいで深い悲しみを引き起こします。
ホールディングは特に高齢者にその症状が表れることが指摘されていましたが、若年にもかかわらずホールディングがある人は、ADHDの検査を受けてみるのも手かもしれません。
ADHDの治療と対策
ADHDに対処する方法を3つ挙げます。
困りごとが長期に及び、気分障害やストレス関連障害を発症させることも多いので、お困りの際には相談されることをオススメします。
粗大運動を行う
集中力がなかったり、体を動かしてしまってじっとしていられなかったりするときは、脳が刺激不足で体からの感覚を欲している可能性が考えられます。
体を大きく動かすことで脳が安定し、物事に集中できるようになります。
実行系ネットワークへの切り替えは目の動きと連動しますが、目の周りの小さな筋肉だけを動かすことはADHDにとっては困難です。
まずは大きな筋肉を動かすと、筋肉の緊張、神経の通わせ方、不要な感覚の閉じ方を体が理解し、目も脳の端末としてスムーズに動かせるようになるので、物事に効率的に取り組めるようになります。
優先順位をつける
ADHDは感情や興味関心に任せて物事に取りかかるところがあり、そのせいでしばしば優先順位を取り違えます。
特に多いのが緊急性と重要性の取り違えであり、大事なこと(重要性)を念頭に置きすぎるが故に、すぐやらねばいけないこと(緊急性)を後回しにしてしまいます。
懇切丁寧な支援者がいないとそういった課題にも気づけないため、自分で2つを区別できると、苦痛が軽減します。
そもそも、環境や人間関係との間に摩擦が起こらなければ、障害は発生しません。
仕事や家庭での作業を優先順位どおりにこなし、問題そのものをなかったことにできれば、個人のADHD特性を改善できなくてもよくなるケースが多いです。
幼少期に好きだったことをする
ADHDは神経生物学的な疾患のため、気分や感情への対処もそれに則ったアプローチが効果的です。
特に、就学前におこなっていた遊びは神経の状態に合った取り組みであるケースが多いため、同じような遊びをすると、情緒の安定化が期待できます。
ジャングルジムに登るのが好きだった人はボルダリングを、砂場遊びが好きだった人は陶芸をおこなってみるなどが良いでしょう。
絵本を読むのが好きだった人は画集を眺める、ごっこ遊びが好きだった人は対話の機会を増やしてみるのもいいかもしれません。
就学後になると、やりたくないことでもしつけの一環で取り組んでいた場合もあるので、注意が必要です。
まとめ
ADHDは、不注意と衝動性・多動性を特徴とする発達障害(神経発達症)の一つです。
通常、12歳以前に診断されますが、重症度によっては青年期や成人後に診断されるケースもあります。
主症状以外にも、睡眠障害や感覚過敏など、日常生活の質を低下させる症状が表れやすい障害です。
身体症状だけでなく、拒絶反応過敏症(RSD)や過集中、買いだめ障害(ホールディング)というような気分や行動に関する症状によって日常の機能が損なわれている場合があります。
ADHDの原因はまだ確認されていませんが、脳内のグルタミン酸が高まることで不注意や多動が起き、ドーパミン不足から行動中断しやすくなっていると考えられています。
他にも、神経ネットワークの切り替えが未発達であること、母胎にいるときや出生後に自然に触れていなかったり、反対に鉛や水銀に曝露したりしたことが、症状を引き起こすとされています。
ADHDは、うつ病やPTSDなどを二次障害として併発しやすい点も指摘されています。
ADHD症状や二次障害、情緒面の不安定さでお困りの方は、生活の質や生きづらさの改善のために、カウンセリングに相談してみるのも一つの手かもしれません。
※1 大学生における注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状と指の長さの比率 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17160985/
※2 成人の注意欠陥多動性障害自答式尺度(ASRS-J)とDSM-5診断基準に基づく短縮版の心理測定特性 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28260624/
※3 注意欠陥多動性障害の病因サブタイプ https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17318414/
※4 MEGとfMRIからみた脳の機能的結合と注意欠陥多動性障害の成人後の結果 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29078281/
※5 小児期の住宅用緑地と注意欠陥多動性障害の発症との関連 https://ehp.niehs.nih.gov/doi/full/10.1289/EHP6729
※6 誰もが見落としがちなADHDの3つの特徴 https://www.additudemag.com/symptoms-of-add-hyperarousal-rejection-sensitivity/
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