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トラウマとは

PTSDとは

心的外傷後ストレス障害(Post Traumatic Stress Disorder:PTSD)とは、トラウマと呼ばれる心的外傷体験の後に発症する症候群です。
フラッシュバックと悪夢、外傷体験に関することからの回避、過覚醒の3つの症状が出現することが特徴で、外傷体験から1か月以上経ってからも症状が続いているときに診断されます。

災害や犯罪など、生死のかかった出来事に遭遇した際に引き起こされるとされてきたPTSDですが、近年はトラウマとそれに対する脳と体の反応について解明されてきており、特に命に関わる外傷体験でなくてもPTSDを発症することが分かってきました。
ここではトラウマやPTSDとは何かということから、その症状や治療についてまで詳しく解説していきます。

PTSDの症状

侵入思考

トラウマとなった出来事が突然頭の中によみがえり、あたかもその出来事が目の前で起こっているかのような感覚に襲われます。
ただ単に昔あったことを思い出すのではなく、そのとき感じた恐怖や混乱、不快感やつらさが身体感覚を伴って出現します。

出来事に関連したものを見聞きした瞬間に症状が起きることもあれば、全く関係ない場面で起きることもあります。
寝ているときに突然フラッシュバックすることもあり、そういった場合には悪夢として認識され、それによって睡眠が中断されることもしばしばあります。

回避

トラウマとなった出来事に関する場所や状況、人物を避けるようになります。
実際にその出来事が起きた場所を避けるだけでなく、それに関連しそうな場所や状況を避けたり、そのような出来事を目にしそうなニュースや書籍を見ることも避けたりするようになります。

過覚醒

緊張状態が続くため、眠れなくなったり集中できなくなったりします。
些細な物音や変化に敏感になり、その度に驚愕したり時には激怒したりするようになります。

思考や気分の変化

喜びを感じなくなったり、罪悪感や疎外感を感じたりするようになります。
場合によってはトラウマとなった出来事を部分的もしくは全部を思い出せなくなったり、自分に起きた出来事とは思えず現実感を失ったりもします。

PTSDの診断

DSM-Vによる診断は以下のようなものになります。

  • 外傷体験を直接的もしくは間接的に経験している
  • 上記の症状が1つ、もしくは複数存在している
  • 症状が1か月以上続いている
  • 症状が重大な苦痛を引き起こしている、もしくは日常生活に大きな支障をきたしている

PTSDとASDの違い

急性ストレス障害(Acute Stress Disorder:ASD)は、トラウマとなるような出来事からおよそ3日後に発症し、1か月以内に症状が消失するストレス反応のことです。
PTSDと同じくフラッシュバック、回避症状、過覚醒などが出現しますが、1か月以内に治まる点がPTSDとは異なります。

PTSD症状とポリヴェーガル理論

正常に自律神経が機能していると腹側迷走神経が優位となっている

ポリヴェーガル理論が提唱されるまでは、PTSDやASDの症状がなぜ起こるのか、脳神経学的な説明は不充分なものでした。
ポリヴェーガル理論によって、人体のどのような機能によってPTSD症状が引き起こされるのか説明可能になったので、ここではポリヴェーガル理論の見地から、PTSD症状を説明していきます。

背側迷走神経優位

トラウマとなるような出来事に遭遇したとき、自律神経系は背側迷走神経が優位となり、人体は脳血流や末梢の血流を極力減らすような状態になります。
これを凍りつき(シャットダウン)と呼び、人によっては失神したり頭が真っ白になったように感じたりします。

時間の経過とともに状態が回復すれば凍りつきから正常な自律神経の状態に戻るのですが、その後トラウマとなった出来事に関連した状況に遭遇したときにも同じように背側迷走神経優位の状態になってしまうことがあります。

例えば、トラウマとなった出来事が思い出せなくなったり記憶の一部が欠けてしまったりするのは、この凍りつきが起きていたために脳が記憶することができず、従って後からも思い出せないということだと言えます。
また、フラッシュバックを起こしたときに現実感がなくなってしまうのも、凍りつきのために身体感覚が失われてしまい、自分が自分であるという感覚が消失してしまったためと考えられます。

凍りつきが起きて背側迷走神経優位の状態になると、外界からの刺激を受け取ることができなくなるため、絶望感を感じたり周囲から孤立したような感覚に陥ったりします。
PTSD症状の一つとして気分や認知がネガティブな方向に変化するというものがありますが、これも背側迷走神経優位となったがために孤独や恐怖を感じ、その結果として「もう終わりだ」「誰も助けてくれない」といった認知が生じるものと解釈できるのです。

交感神経優位
トラウマ症状が出ているときは交感神経優位と背側迷走神経優位を乱高下している

PTSD症状の一つとして過覚醒というものがありますが、これは自律神経系の状態からいうと交感神経が優位な状態と言えます。
交感神経優位の状態は戦うか逃げるかといった極端な思考と行動が特徴であり、過覚醒症状のときにも同様に「今この場に脅威が存在するか、存在するのならそれと戦うべきか逃げるべきか」と体が反応するがため、周囲の刺激に過敏になっているのです。

過敏性が増した結果、落ち着いて眠れなくなってしまうのも交感神経優位のときの特徴と合致しますし、イライラしたり怒りっぽくなったりしてしまうのも交感神経優位であることで説明がつきます。
PTSDとは背側迷走神経優位と交感神経優位の状態が高速に切り替わり、それによって扁桃体(ネガティブな感情と記憶を司る脳部位)が過活動を起こしトラウマ記憶を呼び起こしてしまう(=フラッシュバックさせる)一連の症候群であると言えるでしょう。

PTSDに併発する疾患

PTSDを発症した人の約50%、2人に1人はうつ病も発症すると言われています※1
また、30%前後の人は、アルコール依存、薬物依存も併発するとされています。

特にうつ病を併発した場合、罪悪感が増したり(「あんなところに行った自分が悪いんだ」など)、自分の価値が低下したように感じたり(「私なんか生きている価値がない」など)します。
こういった考えが出てくるのは症状であって本人には何の落ち度もありませんので、なるべく早くうつやトラウマ治療に取り組むのが望ましい状態と言えます。

PTSDの症例

PTSDに関する情報の多くは「命に関わる出来事/生死に関わる体験」を発症のきっかけとしていますが、これは正確ではありません。
PTSD症状の多くは、自律神経系が正しく働いたがために出現した生活上の支障なのです。

PTSDと自律神経系のことをより正しく理解するために、まずはPTSDとして治療したことで改善できたケース例をいくつかご紹介します。

上司から叱責を受けたことで発症したケース

20代女性、事務職。入社後2年目だが、1年目のフレンドリーな部署から年配の4人しかいない部署に異動しました。

ある書類を机の上に置いておいたつもりが紛失してしまい、部長に個室で3時間近く叱責を受けました。
特に怒鳴られたり机や扉を叩いたりといった威圧的な叱責ではありませんでしたが、翌日から職場で頭が働かなくなり、次第に声も出しにくくなってしまいました。

報連相にも抜けや漏れが多くなり、ある日職場で涙が止まらなくなったことからカウンセリングを希望して来所しました。

交際相手からのハラスメントによって発症したケース

30代女性、総合職。交際歴2年目、同棲してから3か月経つ彼氏がいました。
同棲前には気づきませんでしたが、一緒に住むと彼は家のことはやりたいことしかやらず、脱いだものを洗濯ネットに入れたりトイレ掃除をしたりといったことは彼女がやるまでやらない人でした。

ある日そのことを指摘すると部屋の扉を強く閉めたり、気に入らないことがあるとティッシュケースを部屋の何もない方向に投げたりするようになりました。
手は上げてきませんでしたが、何度か拳を振り上げて殴るジェスチャーをしてきました。

次第に彼女は隣で寝ている彼が少し動いただけでびっくりして飛び起きたり、彼の気に障らないよう気を張るあまりにずっとピリピリしていたりするようになりました。
生理前にワッと大泣きしてしまったことを機に「これはおかしい」と思い、相談に来られました。

両親からの虐待によって発症したケース

30代男性、建築会社勤務。幼少期は両親は共働きであり、いわゆる「いい子」でいないと手を上げることがある父母でした。

学校で学友とケンカをして母が呼び出されたときなどは、帰宅後「手間かけさせやがって」と両親から何度も平手打ちをされた挙げ句、夕食を与えられずベランダに出されたまま夜を明かしました。
3歳下の妹がいましたが、妹の方が母から叱られることが多く、彼の目の前で叱られる場面を見させられることもしばしばありました。

彼は18歳から一人暮らしを始めましたが、入社した建築会社で同僚が現場の職人さんに大声で指示されているのを目にしたときにフラッシュバックを起こし、半狂乱になることが度々ありました。
そのときに手近にあったガラスを割って近くにいた人を怪我させてしまったことを上司が問題視し、治療に行くよう会社命令を受けたことで来所されました。

自然災害を目にしたことから発症したケース

40代女性、事務職。東日本大震災のときは東京のオフィスにいましたが、そのときの揺れに激しく動揺したのと、その後ニュースで報道される津波の映像を見て「自分があそこにいたら何ができるだろう。足がすくんで何もできないに違いない」と考えてしまいました。

津波の映像や浸水した家屋を目にする度に地震で体が揺れるようなめまいを感じ、職場で被災したときの景色がありありと頭に浮かぶようになりました。
次第に映像を見ないようにテレビを点けられなくなり、街中でも「地震」「津波」という単語を耳にしないようにイヤホンが外せなくなりました。

顧客との雑談もできなくなったことから仕事に支障が出てきていると判断し、カウンセリングでの治療を希望して相談に来られました。

PTSDの原因

生命が脅かされなくても「安全でない」と感じたらPTSD発症につながる

PTSDの原因はトラウマとなるような出来事です。
PTSDといえばきっかけとなる出来事は戦争・災害・レイプ(性被害)・交通事故といった命に関わる出来事というのが専門家の間でも半ば常識化していますが、最近の神経生理学の研究から、特に生命を脅かすような出来事でなくてもトラウマとなり、PTSD発症のきっかけとなることが分かってきています。

では、トラウマとは何なのか、脳や体にトラウマはどのような影響を及ぼすのかについて、最新の知見を踏まえながら解説します。

ショックトラウマ

一度だけ遭遇した出来事によってトラウマが記憶に残り、心身に症状が出現するケースです。
現代の日本社会では交通事故によって九死に一生を得た、といったものが最も身近で想像しやすいと思われますが、帰還兵の戦争体験や地震や津波といった自然災害、地下鉄サリン事件や通り魔事件、自殺の目撃や強姦といった犯罪被害もショックトラウマに分類されます。

ショックトラウマ後の状態を神経生理学的観点から説明すると、出来事が起きた直後には凍りつき(シャットダウン)と呼ばれる自律神経系の状態に入ります。
これはまだ哺乳類がネズミ程度の大きさしかなかったときの機能の名残であり、いわゆる”死んだふり”をすることで予測不能な事態が過ぎ去るのを待っていたことに由来します。

人間が「凍りつき」に入ると脈からはゆらぎがなくなって手足は冷たくなり、死が脳裏をよぎるほど絶望的な気持ちになります。
救いの全くないような気分から涙がただただ流れてくるようになり、思考が働かず頭が真っ白になります。

「凍りつき」に入った動物はその状態からの回復が最優先であり、回復後にその場から一目散に逃げるか、それとも生死を賭けて脅威と戦うかの、いわゆる戦うか逃げるかの状態に移行します。
人間の場合も同様に、「凍りつき」から回復することができればその後は「戦うか逃げるか」の状態になるわけですが、PTSDの人はこの「凍りつき」と「戦うか逃げるか」の状態を急速に行き来するようになってしまうため、あるときはトラウマ当時と同じような「凍りつき」からフラッシュバックを起こしたり、またあるときは「戦うか逃げるか」で周囲への警戒心が過剰となってイライラしたり怒りを爆発させたりしてしまうのです。

ショックトラウマ治療のポイントは戦うか逃げるかの状態を完了させることです。
生物としての生体防御機構が働いて「凍りつき」と「戦うか逃げるか」が起きているわけですから、その未完了の状態をいかに完了させるかが鍵となります。

後述するPTSDの治療でも取り上げますが、エクスポージャー(曝露療法)やEMDR、ブレインスポッティングは過去のトラウマを追体験し、そのときこころとからだ、感情と行動がどのように反応したかったかを再演することで、過剰な身体反応を徐々に正常な反応に近づけていく治療法であると言えるでしょう。

発達性トラウマ(愛着トラウマ)

単一のきっかけから生じるショックトラウマと異なり、長期間ストレス状況にさらされたことによって神経の発達が不充分になってしまうトラウマのことを、発達性トラウマといいます。
神経発達が活発に行われる幼少期の生育環境によって発症し、成人してからその影響が出現することが多いとされていますが、青年期や成人期にも発症することがあります。

身近な例としては、3.11東日本大震災後の余震が続いていた状況が挙げられます。
3.11以降の断続的な余震のために「またあの揺れが来るのではないか」「次あれ以上の震災が来たら自分はどうしたらいいのだろう」という警戒状態が継続し、安全・安心が獲得できないまま脅威の兆候に過敏になったり3.11のときのことをフラッシュバックしてしまったりするのが、発達性トラウマの一つと言えます。

深刻な発達性トラウマを引き起こすストレスとしては、養育環境における虐待があります。
親や養育者、教師からのいじめやネグレクト(育児放棄)が続くと安全・安心の感覚を神経レベルで体験する機会を失ってしまい、ショックトラウマ同様「凍りつき」と「戦うか逃げるか」の状態を急速に行き来するようになります。

発達性トラウマの治療のポイントは安全・安心の獲得です。
絶望感を感じる、涙が止まらなくなる、頭が真っ白になるといった「凍りつき」の症状が起きているときに他者がただそこにいてくれること、発話や活動を促したりすることはせず、しかし無視もせずに注意を向けてもらえることによって、人は安全・安心の感覚を体得できます。

心理療法としてはプレイセラピー(遊戯療法)やコラージュ療法、箱庭療法やサイコドラマ(心理劇)などが、発達性トラウマに有効な治療法と考えられます。
また、特定の心理療法でなくても、安全・安心を感じる相手や環境での遊びやスポーツなども発達性トラウマに効果的なあるものもあると言えるでしょう。

トラウマに関する誤解

このように生理・心理学的観点からトラウマを捉えていくと、これまでのトラウマやPTSDに関する一般的認識が不足していたり、逆に過剰だったりしていたことが分かってきます。
「PTSDは生死に関わる体験をきっかけに発症するもの」といった記述は正確ではなく、上司からの叱責や養育者からの無視といった生死に関わらない出来事でも、ひとたび凍りつきの状態に入ってしまえば、PTSDの発症因子となりえます。

「命に別状はないのだからその程度のことではPTSDにはならない」といった認識や判断は誤りだと言えるでしょう。

「PTSDの症状はつらさのあまり引き起こされる」という認識も、正確とは言えません。
本人がつらいかつらくないかに関わらず、生物として本来的に備わっている機能が働いて「凍りつき」や「戦うか逃げるかの状態」になるのですから、治療のためにはつらさに寄り添うだけでは不充分であり、いかに神経生理学的な反応を起こさないよう神経の耐性を高めていくかが重要となります。

加えて、心の強さを高めるようなカウンセリングやセラピーも効果がないか、むしろ逆効果になる可能性があります。
好調時のイメージを思い出すようにするアンカリングという技法や、ポジティブなメッセージを自分に声かけするアファメーションといったテクニックは、神経生理学的にどうしようもない状態に陥ってしまうときに「なぜ前向きに考えられないんだ」とかえって自責を強くしたり、「やってもやっても良くならない」と無力感にとらわれたりしやすくなるおそれがあります。

治療的な関わりで言えば、世の中にはPTSDの人に対して「トラウマとなった出来事のことを優しく穏やかに傾聴しましょう」と書かれていることが多くありますが、これも逆効果になることの多い関わりです。
まずトラウマとなった出来事は「凍りつき」のために正確に思い出せないかもしれないので、それを無理に思い出そうとすることでよりつらい体験をさせることになってしまいます。

生物の反応として正常な反応である「凍りつき」や「戦うか逃げるかの状態」を、「つらかったね」「大変だったね」「苦しかったでしょう」とラベリングしてしまうと、以後本人が思い出したとき「自分はつらい体験をしたんだ」と考えるようになり、神経生理学的に正常な反応であるという認識が持てなくなってしまうことがあります。
「自分は異常になってしまった、おかしくなってしまったのでもう元の自分には戻れない」と悲嘆させないためにも、出来事について不用意に聞き出すのは望ましくない対応です。

トラウマとなった出来事を忘れてしまったり断片的にしか思い出せなかったりするのは、記憶を司る海馬の機能不全と思われがちですが、これも一部誤解があります。
最近の研究では、ネガティブ感情を司る扁桃体にも記憶を行う神経細胞があることが分かっており、強烈な感情を伴った記憶は扁桃体に保存されている場合があります。

他にも、小脳や腸内にも記憶を行う神経細胞が点在していることが分かってきており、トラウマはこれらの場所に記録されていると考えられます。
トラウマとなった出来事を思い出せないからといって、海馬が損傷していたり認知症になったりしているわけではないということです。

トラウマの時代

社会はストレスの時代からトラウマの時代に移行している

高度経済成長期からバブルまでは働けば働くほど業績も収入も上げることができたため、ビジネスパーソンは長時間労働や飛び込み営業といったストレスのかかる環境に半ば進んで飛び込んでいき、それに耐えられなくなった人たちはストレス性の胃潰瘍や脳卒中で前線を離脱していきました。
当時の人たちはストレス下での交感神経優位状態であり、血圧を高め、脈拍を速め、状況と戦うことに適応した状態であったと言えるでしょう。

一方、当時の若者の社会問題と言えば暴走族や家出といった外界に向けられた攻撃性や行動化でしたが、これも交感神経優位のときの「戦うか(暴走行為)逃げるか(家出)」の状態と見ることもできるでしょう。
総じて、1982-1983年頃まではストレス反応が社会問題であったストレスの時代と言うこともできると思います。

では現代はどうかというと、暴走行為や家出などは下火になり、社会問題となっているのはいじめやひきこもりといった「凍りつき」の問題です。
自律神経系の中でも背側迷走神経優位状態になることによる「凍りつき」は会話や笑顔といった他者交流を困難にし、結果いじめられやすくなったり安全・安心を得られないがためにひきこもったりしてしまうのです。

ビジネスパーソンの過労死や自殺も「戦うか逃げるか」の結果というよりは「凍りつき」による思考停止と自責感、絶望感と無力感の末の行動と考えた方がより整合性がとれます。
2015年から義務化されたストレスチェックですが、現代の問題はストレスというよりはトラウマの問題に移行しており、今後はトラウマ治療が主流となっていくものと考えられます。

PTSDの治療

PTSDに効果的である治療法は薬物療法、認知行動療法、EMDR、ソマティックアプローチなどがあります。
ただし、それぞれにメリット・デメリットがありますので、よく吟味した上で行うことが望ましいでしょう。

薬物療法

PTSDに効果があるとされている向精神薬はいくつかあります。
代表的なものはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であり、他にもミルタザピンやベンラファキシンにも有効性が確認されています。

しかし、現在のところ日本ではPTSDに対してこれらの向精神薬の使用は承認されていません。
処方を希望する際には医師とよく相談し、ベネフィットとリスクをよく検討の上で使うことが大切です。

先発医薬品名 一般名
(ジェネリック医薬品名として用いられる)
特徴・種類など
リフレックス・レメロンミルタザピン四環系抗うつ薬
ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
抑うつ気分への働き以外にも、眠気を引き起こす作用が出やすい
イフェクサーベンラファキシンセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
抑うつ気分への働き以外にも、快感情や活力の低下に対しても作用
PTSD治療に有効とされる抗うつ薬

認知行動療法

認知行動療法の中でも、曝露療法(エクスポージャー)とトラウマ焦点化認知行動療法(TF-CBT)がPTSDに対して有効とされています。
ただし、エビデンス(科学的根拠)が充分に証明されているものは曝露療法のみと言われています※2

曝露療法(ばくろりょうほう:エクスポージャー:exposure)

脅威を感じる対象をイメージしたり実際に近づいたりしていくことで心身を慣れさせていく治療法です。
トラウマ体験場面を思い出してもらいながら行うイメージ曝露と、日常生活で回避しているものや場所に少しずつ近づいてもらう実生活内曝露の2つを組み合わせることが多いです。
アメリカで最も有効性が証明されている長時間曝露法(PE療法)も曝露療法の一つです。

トラウマとなった出来事を思い出したり心理的抵抗のある事物に近づいたりしなければならないため、相談者の拒否感が強く、脱落も多い治療法でもあります。
行う際には実践経験が豊富で曝露療法に習熟している治療者を選ぶことが重要です。

トラウマ焦点化認知行動療法(Trauma-Focused Cognitive Behavioral Therapy:TF-CBT)

リラクセーション法や感情表現法など9つのステップで構成されている、子ども用のトラウマ治療法です。
前述の曝露療法も含まれている他、親も子どもと一緒に取り組むことができる点が特徴です。

眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)

目を動かしながらトラウマとなった出来事を思い出してもらい、トラウマ記憶に付随した不安感や緊張を緩和していく治療法です。
アメリカでは有効性は不充分であるとされていますが、イギリスやオーストラリアの治療ガイドラインでは高い有効性から実施を推奨されています2

ソマティック・アプローチ

ソマティックとはSomatic=身体のことであり、身体感覚や体の動きを取り入れた、比較的新しい心理療法です。
心と体の相関関係を重視しており、心身両面に症状が現れるPTSDの治療法としても徐々に有効性が証明されつつあるアプローチです。

ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing:SE)

身体感覚に注意を向けることで身体の自己回復力、とりわけ神経の回復力を高めることで症状を改善する治療法です。
トラウマ症状を「本来完了するはずだった身体エネルギーの未完了」によるものと考え、セラピーの中でその生理的な状態を完了させることを目指します。

ブレインスポッティング(Brainspotting:BSP)

EMDR中に新たに発見された、同じく目の動きを利用したトラウマ治療法です。
視点誘導と身体感覚の観察を組み合わせ、体が記憶しているトラウマ症状を緩和していきます。

主にイメージと身体感覚を利用するため、トラウマ記憶を話したり詳細に聞かれたりしたくない方に適している治療と言えるでしょう。

まとめ

PTSDはトラウマとなるような出来事の後に発症する、フラッシュバック、回避、過覚醒、思考や感情のネガティブな変化を引き起こす症候群です。
かつては生命が脅かされるような出来事だけがトラウマになると考えられていましたが、自律神経系の働きが明らかになったことで、「凍りつき」と「戦うか逃げるかの状態」になるような出来事であればトラウマになる、ということが分かってきました。

PTSD治療に最も有効性が確認されているのは曝露療法ですが、心身相関を利用したソマティックエクスペリエンシング(SE)やブレインスポッティング(BSP)といったソマティック・アプローチも、徐々にトラウマ治療に有効であるというエビデンスが蓄積されてきています。
かつてはストレスをいかに減らすかが課題だった「ストレスの時代」でしたが、現代はいかに素早くトラウマ状態から脱するかが課題の「トラウマの時代」であり、言葉を用いる治療から体を用いる治療へと治療法も変化していくことでしょう。

トラウマの方の2人に1人はうつを併発するというデータもあり、トラウマ治療もトータルケアが必要ということは徐々に認知されつつあります。
トラウマになるようなストレスに悩まされていらっしゃる方は、ぜひ一度当オフィスにご相談ください。

※1 Posttraumatic stress disorder in the National Comorbidity Survey, Kessler RC, Sonnega A, Bromet E et al, Arch Gen Psychiatry 52:1048–60, 1995. https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/497313

※2 エビデンスに基づいたPTSDの治療法, 飛鳥井望, 2008 https://journal.jspn.or.jp/jspn/openpdf/1100030244.pdf

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