「こうだ!」と断定できたり、はっきり分けられたりするのは気持ちが良いものです。
『FACTFULNESS(著:ハンス・ロスリング他)』の中でも、分断本能、単純化本能という傾向が人には備わっているとされています。
白黒つけたいという欲求は、本能的・反射的な衝動といえます。
二分化思考は、こういった衝動に根差した認知の歪みです。
二分化思考とはどういうものか、なぜ落ち込みや不適応を引き起こすのか、二分化思考しなくなるにはどうしたらいいか等、臨床的な知見を踏まえて説明します。
認知の歪みとは
認知とは、物事の見方や捉え方のことです。
認知の歪み(Cognitive distortion)とは、非論理的で非合理なものの見方のパターンのことです。
認知の歪みには、①ネガティブな感情を引き起こすものと、②ネガティブな感情をよりネガティブにするものの2種類があり、二分化思考は①の認知の歪みに該当します。
認知の偏り | 例 |
▶二分化思考(全か無か) | 私は何をしてもうまくいかない・私は完全な落伍者だ |
非現実的な期待 | 一番でなければ意味がない・間違いは許されない |
破局的思考 | 失敗を犯したので、私は貧しく孤独になるだろう |
過度の一般化 | 面接に失敗したから、絶対に職には就けないだろう |
心のフィルター | 試験科目のうち、一つの点数が低かった。私は何一つ上手にやれない |
マイナス化思考 | これは大した成果ではない。みんなもっとうまくやっている |
過大視と縮小視 | あの取引ではなんてへまをしたのだろう。上司の望んでいた条件を提示されたのに |
結論への飛躍 | あの人は友達面をしながら裏では笑っている。私には分かる |
感情的な推論 | 自分に魅力がないと感じているから、事実そうに違いない |
物事を個人的に受け取る (自己関連づけ) | 私の話が終わる前に二人退出していった。私の話がつまらなかったに違いない |
自責または自己批判 | 仕事についていけない。私が愚かでなまけ者だからに違いない |
自己罵倒 | 私は本当に愚かだ |
二分化思考とは
二分化思考とは、物事を「そう」か「そうでない」かで二分し、その間のグラデーションやどちらでもない状態を「ない」と思い込む、認知の歪みです。
全か無かの思考、ゼロヒャク(0-100)思考とも呼ばれます。
『認知行動療法実践ガイド』の著者ジュディス・ベックは、二分化思考を次のように定義しました※1。
状況を連続体ではなく、たった2つの極端なカテゴリーで捉えること
実は、二分化思考だけでは気分や感情にはそれほど影響なく、そこに過度の一般化というもう一つの認知の歪みが組み合わさることで、自他に厳しすぎる認知が成立します。
白黒思考とは
二分化思考は、「A」か「A以外」だけで物事を捉えようとする、極端な思考のことです。
そこに、「良いか悪いか」「善か悪か」といった判断基準を組み合わせ、「A-良い」「A以外-悪い」と判断してしまうことを、白黒思考といいます。
例えば、「室温19℃以下は寒い(20℃以上なら寒くない)」と二分化している人がいても、それだけではあまり問題になりません。
そこに「寒いことは悪いこと(寒くないことが良いこと)」という評価判断が加わると、「19℃の部屋は一刻も早く20℃にしなければならない」「19℃のまま活動なんてできない」「19℃で働かせようなんてどうかしてる」といった言動として表面化するようになります。
白黒思考の例
①「慶應主席でなければ人じゃない」
お笑い芸人・オリエンタルラジオの中田敦彦さんが以前「アメトーーク!勉強しかしてこなかった芸人」で次のように話していました(「勉強大好き芸人」の回だったかもしれません)。
受験勉強を始めた当初、「早慶生になれなければ人じゃない」と自分を追い込みました。
それが次第に「慶應生になれなければ人じゃない」となり、更には「慶應主席で合格できなければ人じゃない」となっていきました。
自分を追い込み、どんなに自分を苦しめても緩めることができなくなった思考状態が、白黒思考です。
たとえ今うつ状態などのメンタル不調でなくても、この思考を続けていたり、環境変化に適応しなければならなくなったりしたとき、メンタル不調を引き起こす一因になります。
②マッチングアプリや婚活の条件
数年前と比べて、マッチングアプリの利用も大分一般的になってきました。
マッチングアプリを利用するとき、身長体重や学歴、職業や趣味など、相手に求める様々な条件を入力します。
こういった条件も、年数と経験を重ねるに従い、どんどん狭く、厳しくなっていきます。
最初は交際できそうな人とマッチングできれば良かったのが、もっと容姿の良い人の方へ、もっとスタイルの良い方へ、もっと収入の高い方へ、もっと多くを兼ね備えている人の方へと基準を高めていきます。
ある人は、「一緒に食事に行ったが、椅子を音を立てて引くので、『ないな』と思った」そうです。
音を立てずに座れることが望ましいのは確かですが、「条件:椅子を引くとき音をさせない人」と設定しないでしょうから、この人もマッチングを続けるうちに知らず知らず基準が高まっていったケースといえます。
「この条件でないと会わない(この条件を満たせば良い)」という白黒思考は、マッチングできずに自分が苦しむだけでなく、求められた相手をも苦しめます。
③「仕事は素早く正確に」
経験が増えれば増えるほど、白黒思考になりやすくなります。
一番厳しいのは24時間一緒にいる自分自身についての白黒思考ですが、その次くらいに厳しくなりやすいのが、仕事についての白黒思考です。
- 顧客の期待以上の成果物を出さねばと思い、体を壊すまで残業と持ち帰り業務に費やす
- 上司からの評価に一つもバツがあってはならないと思い、チェックにチェックを重ねる
- 職場の人間関係は良好に保たなければと、毎日何でもいいから声かけするよう心がける
- マニュアルを順守することに躍起になり、外れたことをする同僚には厳しく接する
- 一度決まったルールは自分も含め全員が守らなければと思い、ルールを変える発想がない
- 本や研修で習ったことは全て職場で活かそうとし、できないと絶望的な気持ちになる
どんどん高度になる自分への合格ラインを「必ず越えなければ」と負荷を高め続けると、心は疲れ、人生の質(QOL)の方が低下していってしまいます。
治療を阻害する白黒思考
治療場面であっても、白黒思考は出現します。 特に頻出するのが、初回面談です。
まだお互い素性も知らない、何を訊かれ、何を話すのかも分からないストレス状況は、それだけで認知の歪みが生じやすいシチュエーションです。
そこで面談相手に対して、「訊かれたくないことを訊いてきた(察せないのは悪)」「顔を向けて話してくれなかった(直視しないのは悪)」「笑えない冗談で和ませようとしてきた(ふざけるのは悪)」等の白黒思考が表れると、治療関係そのものがスタートしません。
認知の歪みを修正したくて治療院の門をくぐったのに、認知の歪みによって治療が阻まれてしまうのです。
こういった関係構築に影響するほど強い白黒思考が表れやすいのが、境界性パーソナリティ障害です。
また、パーソナリティ障害とはならないまでも、白黒思考のために生活上の苦痛が生じている場合には、柔軟な思考に修正した方がいいと思われます。
白黒思考はなぜ起こる? 白黒思考の原因
刺激を二極化し、一方を良いもの、もう一方を悪いものと捉える傾向は、乳児の頃から見られるといいます。
精神分析では、乳児は母の乳房に対し、一方を飢えを満たし安心を与える善い乳房とし、もう一方を拒絶し苦しめる悪い乳房と二分し、善い乳房にだけしがみつくといわれます※2。
人間だけでなく同じ霊長類のサルも、「良いもの」「悪いもの」を扁桃体で判断しています※3。
扁桃体とは、主にネガティブ感情を司っているとされる大脳辺縁系の一部です。
社会的動物としての成長は、扁桃体の活動を抑え、「良い-悪い」以外にも多様な評価軸があることを学んでいく過程と言えるでしょう。
緊急性の高い状況では、「良い-悪い」の評価軸で直観的に判断した方が高い成果を上げられるケースも多くなります。
山の斜面から滑り落ちている最中なら、「良いホールド(出っ張り)」を判断できなければ死んでしまいますし、多くの怪我人のいる場所でのトリアージ(助かる見込みがあるかどうかの選別)を間違っては、助かるはずだった命も助けられなくなります。
現代日本は情報が多いこと、情報伝達速度が速いことから、絶えず緊急時のような脳の使い方になっています。
40年前、まだメールも携帯電話もなかったような時代にまで速度を落とすことはできないかもしれませんが、それほど緊急でもない事柄にまで白黒思考を適用してしまうのは、減らした方が良いかもしれません。
また、性格形成に関わる時期の親や教師、指導的立場の人との関係でも、白黒思考が出現しやすくなります。
白黒思考の治し方・対処法
「良い-悪い」で一般化するのをやめる
白黒思考は、二分化思考と過度の一般化の組み合わさった認知の歪みです。
白黒思考の治し方も、この点を理解していないと臨床経験上うまくいかないことが多いようです。
ポイントは「良い-悪い」という評価軸に気づき、直観的に一般化するのをやめることです。
仕事では、「間違いは悪い(間違っていないことが良い)」という形で一般化されやすいです。
ただ、一般化できないものがないか考えれば、「間違いによってチェック制度が導入された。良い間違いというのもある」といった例外を発見することができるかもしれません。
一人で見つけるのが難しければ、カウンセリングという手もあります。
過去の白黒思考のラインにまで戻す
先の中田敦彦さんの例に照らせば、白黒思考も最初から細かく厳密な基準を有しているわけではありません。
徐々に基準が厳しくなることを利用して、過去の基準に戻すのが有効な場合もあります。
仕事をし始めた頃の基準、かつて配属されたばかりの頃の基準に戻し、「最低ラインは割らないのだから、それでも大丈夫」とこまめに確認すると良いでしょう。
× 白でも黒でもないグレーを設ける
白黒思考への対処として、治療者や書籍の中には「グレーゾーンを設定しよう」と言っているものが散見されますが、臨床的にこの方法で改善した例を見たことがありません。
どういうことか、少し丁寧に説明しましょう。
例えば仕事の出来やテストの点数などで、「100点」か「それ未満」かで二分し、「100点は良い(それ未満はダメ)」と白黒思考していた人がいるとしましょう。
95点を取ったとき、この人の評価基準は「100点」か「100点未満」かしかありませんので、「自分の点は100点未満」としか考えていません。 95という数すら認識していないのです。
「100点かどうか」しか見ていない人に、「95点はグレーですよ。白に近いグレーを褒めましょう」と話しても、そもそも注目しているところが異なるわけです。
いわば、エクレアを食べたがっている人に「シュークリームはエクレアに近いですよ。シュークリームが食べられるだけ良かったじゃないですか」と言っているようなものです。
グレーゾーンを設けるよう言われた人は、総じて「話題をすり替えられた」と感じていることでしょう。
このケースでは、「100点は本当に良いか」「100点未満は本当に悪いか」と自身に問い、100点の悪いところ(例:弱点が発見できない)や、100点未満の良いところ(例:伸び代を発見できる)に気づくのが、認知修正の第一歩です。
「グレーゾーンを設定しよう」と言っている人は、白黒思考で困っている人を本当は治したことがないか、「黒白」という単語からグレーを連想して治療法をでっちあげたか、どちらかだと推察されます。
× 完璧主義をやめる
白黒思考の治し方として「完璧主義をやめる」といったものを挙げる人もいます。
ただ、先の「100点」と「それ未満」の例に挙げたように、現実には白黒思考≒完璧主義となるケースが多いです(細かいことを言えば、白黒思考は完璧主義の一部です)。
白黒思考を治すために完璧主義をやめるというのは、ほぼ同語反復です。
繰り返しになりますが、白黒思考を修正したい場合のポイントは、過度の一般化をやめることです。
過度の一般化とその治し方は別のページで説明していますので、そちらも参考にしてみてください。
まとめ
二分化思考は「A」と「A以外」の2つしか存在しないものと考え、白黒思考はその2つを「良い」か「悪い」かで判断する、認知の歪みです。
「良い」か「悪い」かで直観的に一般化しないことが、白黒思考を修正する近道です。
一方、グレーゾーンを設定して極端さを緩和しようとする試みは、失敗しやすいです。
他の認知の歪み同様、白黒思考もその思考が浮かぶ瞬間に気づくところがスタートです。
「良い-悪い」の評価軸に気づいたもののそれを手放せない、例外を発見できない場合には、カウンセリングで新たな認知を模索するという手もあります。
まだ症状が表れていない方も、お困りの際には是非ご相談ください。
※1 認知行動療法実践ガイド, ジュディス・S・ベック(著), 伊藤絵美(訳), 神村栄一(訳), 藤澤大介(訳), 星和書店
※2 子どもの心的発達, メラニー・クライン, 誠信書房
※3 自分にとって「良いもの」「悪いもの」を評価する神経機序の一端を解明 ―様々な情動価に対するサル脳の扁桃核ニューロン応答の分析から― https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-09-29-4
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